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2007/08/12

■政府の危機と国家の危機

参議院選挙での自民大敗により、自民党および政府はかなりの危機感を持ってきているようです。
おそらく危機感を持っていないのは、裸の王様の阿部首相だけかもしれません。
首相続投の是非が相変わらずテレビなどで議論されていますが、これは是非を問うべき問題ではありません。
まともな常識を持っている人ならば、答えはおのずと明快です。
「続投」を肯定する国民がかなりの数いることは驚きですが、これがまさに日本の「民度」でもあります。

昨年亡くなった宇井純さんは、自主講座公害原論で、「政府は、公害の反対を封ずるための町村合併を進めたが、自治体の合併を許すほど、われわれ一人一人の自治権力意識というのは弱体だった」と語っていましたが、まさに日本人の自治意識(政治意識)や主体性は、いまや大正デモクラシー以前に戻ってしまったのかもしれません。
政府による、見事な国民教育の結果であり、パンとサーカス政策の成果です。
平成の市町村合併は、見事にまた国民の自治意識を奪い取りました。

今回の選挙結果は、国民の主体性あるいは自治意識(政治意識)の復活なのでしょうか。
そう思いたいところですが、そうも思えないのが残念です。
国民のなかに「風」は起こりそうもないからです。

ところで、自民党の危機と政府の危機とは別のものです。
そして、政府の危機と国家の危機もまた、別のものです。
それは少し考えたらわかることです。
国家をだめにした政府は私たちも体験したことがありますし、今なお世界各地には国家を食い物にしている政府は少なくありません。
極端にいえば、政府と国民の利害は対立することの方が、まだ多いかもしれません。

いまの政府の混乱は決して国家の混乱ではありません。
むしろ「国家」と「政府」を混同して考えることになじんでしまっている風潮を見直す好機かもしれません。
しかし、そうはいうものの、政府の混乱が国家の危機につながることがないとはいえません。
政府の混乱は、国際関係においては政治をとめるからです。

政府の危機には、「殿、ご乱心」と馬鹿殿に諫言する志が出ましたが、国家の危機にはだれが声を上げるのでしょうか。

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