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2007/08/29

■「介護で苦労するくらいなら消費税は高くてもいい」

言葉をあげつらうのではありませんが、ちょっと気になる発言があります。
厚労相に新任された舛添要一さんが、朝日新聞の取材に応じて、次のように答えています。

母親を介護した経験があるが、あんな苦労をするぐらいなら、消費税率が10%、15%になっても喜んで払うと言う気持ちはいまでもある。
いま、私は女房の介護をしています。
たしかに大変です。身体的にも時間的にも、そして経済的にも、です。
しかし、この発言にはなぜか違和感を持ちました。
舛添さんの思いも良くわかりますし、共感もするのですが、どこかでひっかかるのです。
女房の介護をする前であれば、違和感を持たなかったかもしれません。

それに私は消費税を中心にした税体系にすることには大賛成です。
15%どころか20%でも良いと思っています。
現在の社会の経済的基盤は消費だからです。
それに納税が公平である上に、見えるようになるからです。
税はある意味での「保険」ですから、個別の苦労を回避するために納税すると言う発想も理解できます。

なぜ違和感を持ったのでしょうか。
それはこの発言の奥にある、「介護の苦労はしたくない」「できれば消費税は低いほうが良い」という、舛添さんの深層意識への反応かもしれません。
それは舛添さん個人の意識というよりも、いまの日本社会が持つ集団意識、文化かもしれません。
そうであれば、私もまたそうした思いから、たぶん自由ではないでしょう。
どこかに同じ思いがあることは否定できません。

しかし、私が今、感じているのは、「介護」や「看護」は、経済主義では解決しないし、解決させるべきではないということです。
介護や看護は、実は人が生きていく上での中心的な課題、仕事なのではないかと言うことです。
生活そのものかもしれません。これは福岡の西川さんからも教えてもらったことです。
イリイチがメッセージしているのも、そういうことかも知れません。

家庭での「介護」や「看護」は、資本主義経済にはなじまないでしょう。
資本主義経済になじむのは、介護の社会化、福祉の産業化です。
しかし、改めてそうした流れを問い直すことも大切ではないか。
そこにこそ、新しい社会のあり方を考えるヒントがあるのではないか。
新しいライフスタイルや文化を考えるヒントがあるのではないか。
そんな気がしてなりません。

「介護を苦労と思わないような社会」
「できれば消費税をはじめ、税金をたくさん納めたくなる社会」
そうした社会は決して夢ではありません。
たとえば佐賀北高校野球部への寄付が広がっています。
自然災害地への応援や難病家族への支援も広がっています。
助け合いの文化は人類古来の文化だったのではないかと思います。
それが回復できないはずがありません。

ちなみに、この記事は決して舛添さんを批判しているものではありません。
念のため。

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