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2007/08/22

■重要な問題と瑣末な問題

今日は反省です。

1か月以上前の話です。
夜の11時過ぎでしたか、就寝してまもなく電話がなりました。
友人からでした。
あることで悩んでいて、それを聴いてほしいという内容でした。
その悩みとは私にとっては、よくある話で「瑣末なこと」のように思えました。
そこでついつい笑ってしまい、そんなことで悩むのはやめたほうがいいと話しました。
当時、私も女房の病気の「問題」に直面しており、毎日疲れきっていたために、何でそんな話でわざわざ電話してくるのかという気持ちもありました。
彼女は「やっぱり笑われたか」と(後で考えると)さびしそうに言いました。
しばらく話して、電話を切ったのですが、以来、彼女からは電話もメールもきません。
人生の大きな決断をしたのかもしれません。
瑣末に思えることが人生や歴史を決めることは決して少なくありません。
電話を切ってから、そのことが気になってきたのですが、私自身の問題も大きくなっていく中で、2週間もしたら忘れてしまっていました。

昨日、女房の病気の関係で何人かの病院の人に電話しました。
この数日、ずっと悩んでいた問題の相談です。
しかし、その問題は、専門家にとってはどうも「瑣末な問題」だったようで、相談には乗ってもらいましたが、結局は私の中では解決を得られない結果になりました。
具体的な内容を書かないと伝わらないかもしれませんが、私の不安に対して、そんなことよりも今はもっと大事なことがあるからその問題は先送りにしたらというようなことです。
悪くいえば、事務的に対応されたということです。
まあ、論理的には私も納得したのですが、私の不安はむしろ相談する前よりも大きくなってしまいました。
相談に乗ってくれた人たちから見放されたような気もしました。
その時に、なぜか1か月以上前の電話のことを思い出したのです。
そうだ、私も同じようなことをしたことがあったのだ、というわけです。

客観的に考えて「瑣末かどうか」などというのは、現実の問題に直面している者にとっては無関係なことです。
その瑣末な問題が大きな問題の本質につながっているのです。
すべては「瑣末なこと」から始まるのです。
そのことに気づきました。

ケアマインドで支えあう社会が、私のビジョンです。
しかし、どうもまだ私のケアマインドは自分しか見ていないようです。
自分が弱い立場に立つと世界はようやく見えてきます。
そのことを毎日のように気づかされています。

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コメント

私が「瑣末なことかもしれませんが・・・」で始めた自分の「所属表記」へのこだわりを、
佐藤さんは決して瑣末なことではありませんよと真剣にすくい上げてくれました。

友人から、そんな瑣末なことにこだわるなんておかしいというメッセージが届いて、
とても悲しい気持ちになっていた時に、佐藤さんからの対応は涙が出るほど嬉しかったです。

投稿: yotu | 2007/08/22 15:41

yotuさん
ありがとうございます。

その時のyotuさんの気持ちは、あんまり深く考えていなかったのですが、「悲しい気持ち」になっていたのですね。
私もこの記事を書いた時は結構悲しい気分でした。

yotuさんのこだわりを持った生き方には共感しています。
これからもこだわっていきましょう。

投稿: 佐藤修 | 2007/08/23 16:02

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