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2007/08/04

■延命措置は希望されますか

書こうかどうか迷ったのですが、書くことにしました。
これは女房には内緒の記事です。

医師から「延命措置は希望されますか」と訊かれたら、みなさんはどうしますか。
仮の話ではなく、自分に可能性のある状況においてです。
これは、私の女房が最近受けた質問です。
女房は「希望しません」と答えました。
これだけだと何ということのない話で、どこにも問題がないように思えるかもしれません。
しかし、私は大きなショックを受けました。

国立病院の緩和ケア科にかかりだした最初の日の質問です。
緩和ケアは、いわゆる狭義のホスピスとは違うという認識で、いろいろと苦痛の緩和について相談しようと思っていた矢先です。
緩和には肉体的苦痛の緩和もありますが、患者にはそれ以外の悩みや相談事もあります。そうしたことは専門的な医師にはなかなか相談できませんので(相談に乗ってくれる医師は少ないです)、治療的見地からではなく、治癒的な見地で相談に乗ってもらえると思っていたのです。
症状を説明し、いろいろと相談を始めた時に、医師からその質問を受けました。
私も同席していましたが、突然だったので驚きました。
私の反応が少し良くなかったのか(私は感情を隠せないのです)、医師は、いざとなった場合のことも想定して、一応お聞きしておくのですと補足しました。
もしそうであれば、そう断ってから訊くべきです。
せめて信頼関係が芽生えてから質問してほしかったと思います。
がんの場合、患者も家族も微妙な精神状況なのです。
それをわかることが緩和ケアの出発点のような気がします。

たった一言に過剰反応ではないかといわれそうですが、そうした「一言」が重要なのです。
その一言で、医師や病院の評価をするつもりはありませんが、そうした一言で、病気が悪化することもあるのです。
そのことに気づいてほしいと思いますが、やはり自らがその立場にならなければわからないものかもしれません。

北九州市の生活保護の問題も、そうした一言が引き起こしたのかもしれません。
光市母子殺害事件の弁護団も同じかもしれません。

ところで「延命措置」とは何なのか。
これについてはまた書きたいと思いますが、この言葉には現在の医療観が象徴されているような気がしています。
医療の分野での「言葉」の見直しが必要ではないかと最近感じています。

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