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2007/09/10

■節子への挽歌6:突然の死

愛する人の死は、いつも突然にきます。
私の妻は4年前に胃がんの手術をしましたが、以来、常に死を意識していました。
彼女も、私も、です。
しかし、私自身は、絶対に死から守ろうと思っていました。
妻もまた、絶対に元気になると前向きに考える人でした。
ですから、2人とも死については一切考えないようにしていました。
特に私の場合は、冷静に考えれば、死がすぐ近くに来ている、その時まで、妻が元気になることを確信していました。念ずれば奇跡は起こる。
その確信が消えたのは、妻が息を引き取る数分前です。

突然に愛する人を失う事故や事件の報道を耳にするたびに、その無念さを、いつも思っていました。
最後の会話もできず、両者にとって、どんなにか無念だったことか。
しかし、長い闘病生活を耐えて、息を引き取った女房との別れもまた、最後の会話をする間もない、突然の別れだったのです。
愛する人との別れは、いつも突然なのです。

妻が、おそらく死を意識したのは8月の中ごろです。
死など、毛頭思いもしない、能天気な私のために、彼女はそれを意識の底に抑えたまま、生きる努力をしてくれました。
生きることは自分のためではない、愛する人のためなのです。
彼女がまだかなり元気だったころに、私にそう語っていました。
妻は私には人生の師でした。
生き方において、私はたくさんのことを教えてもらいました。
私が教えたことも決して少なくありませんが、本質的なことでは教えられることが多かったです。

妻が残してくれたさまざまなものを、むすめたちと少しずつ整理しだしました。
彼女もまた、突然の死だったことがよくわかります。
彼女の性格からすれば、死を予感して、きちんと身支度したかったのかもしれません。
しかし、あえてそれをせずに、思い込みが強い私に合わせてくれました。
治してやるなどという、できもしない約束に辟易しながらも、それが実現するように、がんばってくれたのです。
そして、突然の死。
突然だから耐えられているのかもしれませんが、無念でなりません。

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