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2007/09/27

■節子への挽歌24:時に癒してほしくはありません

また勝手なことを書きます。
悲しんでいる私を見て、「時が癒してくれますよ」と多くの人が言ってくれます。
そうかもしれません。
しかし、私自身は、「時になど癒してもらいたくない」と思っているのです。
時がたてば哀しさが消えるとは全く思っていませんし、なによりも、時に癒されたくなと思っているのです。
いいかえれば、この悲しさをずっと背負っていきたいと思っているのです。
慰めてくださる方々の思いやりには感謝していますし、そのことの正しさもわかってはいるのですが。
天邪鬼ですみません。
節子が知ったらまた始まったと苦笑いをすることでしょう。

現実はどうでしょうか。
実は日を経るにつれて、悲しさは大きくなってきています。
節子のいない生活に慣れることはあっても、悲しさや寂しさは小さくなることはありません。
むしろ節子のいないことを実感するたびに、悲しさは積み重なるのです。
辛さも日を経るたびに現実のものになってなってきます。

どうも私の場合は、時が癒してくれるのは無理そうです。
むしろ節子と別れたその瞬間の世界に永遠にいつづけたいというのが本音です。
時がたつほどに、節子との距離が遠のくようで不安でなりません。
時が癒してくれるような、そんな悲しさや寂しさであれば、私もそう辛くはないのですが。

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