« ■節子への挽歌11:慰めのことば | トップページ | ■節子への挽歌13:白い花に囲まれた祭壇 »

2007/09/16

■節子への挽歌12:なぜこんなに寂しいのでしょうか

節子の二七日です。
伴侶がいないということの寂しさの大きさに驚いています。
同居している娘たちが、気をつかってくれますが、
節子の姿が見えないことの空白感はたとえようがないほど大きいです。
悲しいとか辛いとかいう以上に、心が安定しないのです。
私たちはお互いに空気のような存在でしたから、
いわば空気が薄くなってしまったような「酸欠」状態のような気もします。

以前から、節子は、私たちは寄り添いあいすぎているので、どちらかが欠けるとその後が怖いといっていました。
同感でしたが、まさか私が後に残るとは思ってもいませんでした。
それが節子の最大の心残りだったかもしれません。

節子は私のすべてを理解してくれていました。
良いところも悪いところも。
強いところも弱いところも。
清いところも卑しいところも。
正しいところもあざといところも。
ともかく節子は私のすべてを知り、受け入れてくれました。
それが私の生きる力の源泉になっていました。

自分のすべてを知っている人がいる。
そのおかげで、何が起こっても安心でした。
不安があろうと迷いがあろうと、すべて節子の笑顔が解消してくれました。
困ったことが起これば、それをシェアしてくれる人がいるということが、私が思いのまま生きてこられた理由です。

人が素直に生きることができるのは、自分を理解し、いつも見ていてくれる人がいるからです。
その人がいなくなったことが、きっと今の大きな寂しさの原因でしょう。
この寂しさは一生背負っていかねばいけません。
時間が癒すという人もいますが、節子でなければ癒せない寂しさです。

|

« ■節子への挽歌11:慰めのことば | トップページ | ■節子への挽歌13:白い花に囲まれた祭壇 »

妻への挽歌01」カテゴリの記事

コメント

「節子さんでなければ癒せない。」佐藤さんとまったく同じ気持ちです。両親や叔父を失って、私も寂しいです。いつも今でも一緒にいると思っていても、さがしても、さがしても、もう声を聞くことも、触れることもできません。

投稿: tugi | 2017/04/26 04:18

ありがとうございます。
はい、ほんとうにそうです。あまり自分の中だけに抱え込みませんように。私の場合は挽歌を書くことで何とかなんとか超えられました。tugiさんにも、きっと見つかるでしょう。でも無理をすることはありません、私の体験ではゆっくり待つしかありません。
事情も知らずぬ勝手なことを言ってすみません。

投稿: 佐藤修 | 2017/04/26 06:15

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/30899/16445265

この記事へのトラックバック一覧です: ■節子への挽歌12:なぜこんなに寂しいのでしょうか:

« ■節子への挽歌11:慰めのことば | トップページ | ■節子への挽歌13:白い花に囲まれた祭壇 »