■節子への挽歌25:節子と抱き合えないことがまだ実感できません
節子がいないさびしさに自然と涙が出ることが少なくないのですが、
その一方で、未だに節子がいなくなったことが実感できないでいるのも事実です。
認めたくない現実は受け入れないのが人間かもしれません。
朝起きて最初に口に出るのが「せつこ、おはよう」です。
日中も自然と節子に話しかけることも多いです。
時折、表現できないような不安感に包まれることがありますが、節子の顔を思い出すと、次第に収まります。
節子とまた会えるのではないかという思いがあるのです。
荼毘の現場にいましたから、そんなことはありえないことはもちろん知っていますが、
にもかかわらず節子が突然ドアを開けて帰ってくるような気がしてなりません。
節子は私をおいて友人たちと3週間ほど旅行に出かけたことがあります。
まあ、そのときと同じような気が、どこかでしているのです。
節子とあまりに時間を重ねてきたおかげで、その不在に現実感を持てないのです。
旅行で留守にしているのと、違いはなんでしょうか。
節子の声が聴けないことです。電話がかかってこないのです。
しかし、一番の違いは、節子と抱擁しあえる日が二度とこないことです。
抱きしめることができず、抱きしめてもらえることができない。
いつでも抱擁しあえると思えば、抱擁しあう必要もないのですが、
それができないことを知ることは辛いことです。
その寂しさはどうしようもありません。
私が元気を失った時、節子はいつも私を抱きしめてくれました。
節子に抱かれていると、どんな不安も迷いもなくなりました。
こんなことをいうと笑われそうですが、私が自分の思うように生きられたのは、
何が起ころうと最後に節子に抱いてもらって慰めてもらえたからです。
どんな失敗も、どんなに辛くて悲しいことも、節子は忘れさせてくれました。
そうであればこそ、私には怖いものなどなかったのです。
でも今は違います。
元気がなくなっても、回復させてくれる「魔法の力」は失われました。
元気をなくさないように、静かに生きたほうがいいでしょうか。
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