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2007/09/23

■節子への挽歌19:いつになってもやめられません

まさか挽歌をこんなに長く書き続けるとは思っていませんでした。
そもそもこのブログのテーマはは社会の動きへの時評です。
しかもこの間、政治の世界は激変していますし、問題も多いです。
そんな時に、自分の世界に閉じこもって、いつまでも妻を語っていることに読者は辟易していることでしょう。

しかし、書き出すと次から次へと書きたいことが出てくるのです。
私が節子と見える形で話し合えるのはこの場だけだからです。
それに、読者からも毎日のように反応があるのです。
それでついつい調子に乗ってしまい、書き続けているわけです。
いっそのこと節子への挽歌のブログをつくろうかと思ったりもします。
節子のことなら、多分一生書き続けることができるでしょう。
しかし、それではせっかくの「時評ブログ」の意味がありません。
そろそろ時評に戻る必要がありますが、一挙には辛いので、少しずつ時評バージョンをふやして行く事にします。
うまく行けば、妻への挽歌とつなげられるかもしれません。

ブログを書き続けてきたのは、節子への思いを断ち切れないことが理由ですが、
読者からの反応も大きな理由です。
たとえばこんなメールをもらいました。

佐藤さんがどんなに奥様を大切に思っていらしたか、
そしてその奥様がどんなに素敵な方であったか、
言葉のひとつひとつから痛いほど伝わってきて涙があふれました。
奥様とは直接面識がないのですが、
親しい人が亡くなったときのような深い悲しみを感じました。
機会がありましたら奥様にもご挨拶させていただきたいと思います。
私もある会で(たぶん)一度しか会ったことのない人です。
文中の、「奥様がどんなに素敵な方であったか」に関しては、前にも書いたように、私にとってだけの素敵さでしかないのですが、私がとても嬉しかったのは、「機会がありましたら奥様にもご挨拶させていただきたい」というところです。
この人にとっては、節子はまだ生きているのです。
挨拶したいと言ってくださっているのですから。
私は、息を引き取った節子がまだ私の近くで生きつづけていると思っているのですが、そう思っている人が一人でも増えれば、こんなうれしいことはありません。
そんなわけで、節子への挽歌はこれからも書き続けるつもりです。

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