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2007/10/08

■「誰も行かないところに誰かが行かなければ」

昨日のTBS報道特集で、ミャンマーで取材中に亡くなった長井健司さんのこれまでの活動を知りました。
単に現場報道に取り組むだけではなく、そこで出会った人たちとのつながりを大切にし、応援もしていたことを知りました。
何だか自分の生き方が恥ずかしくなりました。
ブログで勝手なことを書いているのは楽な話です。

名前は出てこないけれども、こういう人が社会を支えてくれているのでしょうね。
フォトジャーナリストの真髄、あるいはプロフェッションの生き様を教えてもらいました。
こういう生き方を私は忘れていました。
人は誰かの生き方で勇気づけられ、元気になるものです。
とても元気がもらえました。

長井さんの言葉、「誰も行かないところに誰かが行かなければ」も、
あえて危険な地域に取材に行くという程度にしか理解していませんでした。
しかし、この言葉はもっと大きな意味を含意していますね。
長井さんの生き方が示すように、それは単に空間的な話ではなさそうです。

「誰も行かないところに誰かが行かなければ」。
この言葉をこれから大切にしたいと思いました。
若い頃にちょっとそんなことを思いながら、結局は実践できなかった生き方です。
長井さんの番組を見ていて、若い頃を思い出して、勇気が出てきました。

明日からは元気が出そうです。
いや、もう深夜を回りました。
もう8日ですね。
明日は元気に起きられそうです。

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コメント

「誰も行かないところに誰かが行かなければ」。
昔これと同じ事をある人から言われました。
「誰かがやらなければいけないと思ったことは、まずあなたがしなければ」
この言葉は私の心に小骨のように刺さったまま取れずにいます。
この言葉を聴いたとき、「誰か」のなかにいない自分に気がついて、目からうろこの落ちる思いがしました。
自分の人生の主役になるためには、「誰か」の中に常に自分が一番でいることが必要なのかもしれません。
今の自分のやっていることはこの言葉から出てきたと思います。

奥様への追悼文は、先生の思いを書きつくすまで続けてください。
思いを書きつくすことは書く人にも読む人にも、大きな感動を与えてくれます。

投稿: 齋藤聖子 | 2007/10/09 09:57

齋藤さん
ありがとうございます。
挽歌の方も読んでいただき感謝します。
読者がいるとうれしいです。

>「誰かがやらなければいけないと思ったことは、まずあなたがしなければ」

齊藤さんが始めたとの同じように、
私の妻の節子も、自分で始めました。
その点が同じでした。
齊藤さんよりはだいぶ遅れていましたが。

投稿: 佐藤修 | 2007/10/09 20:02

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