■戦争と犯罪はつながっています
赤福事件やサブプライム問題など、気になることが多いのですが、
犯罪に関することをもう1回だけ続けます。
戦争と犯罪はどう違うのか。
戦争は外部関係であり、犯罪は内部関係の話です。
その点を除けば同じものではないかと私は思っています。
そしてグローバル化された世界においては、戦争と犯罪を区別できなくなってきます。
ネグリが「マルチチュード」で語っているように、
帝国主義の時代には国家間のぶつかりあいが戦争として現出しましたが、
国境がなくなったグローバルな世界では内戦とテロが現実の形になってきます。
それらは似て非なるものですが、
そこの認識の食い違いからイラクやアフガンの混乱は生じているように思います。いずれもベトナムの再来です。
日本の防衛戦略には、そうした整理が欠落しているように思います。
基本にあるのは古色蒼然とした国家論です。
語っているのは、その国家に寄生している人たちです。
ですから防衛省の事務次官(当時)の犯罪は驚くに値しません。
少し言いすぎかもしれませんが、戦争を管理する国家と犯罪は深く繋がっています。
同じことが、警察(検察や弁護士も)と犯罪の関係でも成り立ちます。
犯罪があればこそ、警察は存在意義を持ち、戦争があればこそ国家は存在意義を持ちます。
新しい暴力の対立軸は、国家対国家ではなく、個人対個人、もしくは個人対制度です。
ここで「個人」とは「一人の人間」という意味ではなく、個人という主体性のつながりの上にある個人です。
ネグリの言葉をかりれば、マルチチュードです。
その構造に立脚すると、犯罪や暴力への対処の仕方が変わってきます。
飛躍した喩えですが、西洋医学と東洋医学の違いに似ているかもしれません。
さらに飛躍した話をすれば、問題解決のための仕組みは、
それ自体を無くすことを目的にしない限り、いつか問題発生の仕組みになっていきます。
「産業のジレンマ」と同じように、「制度のジレンマ」は悩ましい問題です。
21世紀は、真心の時代になると期待していましたが、当分はまだ無理そうです。
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