■赤福はなぜ道を間違ったか
赤福の問題は最初はわずかな行き違いだったような気がしましたが、その実態が見えてくるにつれて、そうではなくてこれまでの食品メーカーと同じく、意図的な行為だったことがわかってきました。
日本の老舗の経営理念を高く評価している私としては、残念でなりません。
数年前に先代の社長に何度かお会いする機会がありました。
赤福の事業に関連してではなく、伊勢のまちづくりに関連して相談を受けたのです。
企業経営に関しては、お話しませんでしたが、赤福に対する思いの強さは感じました。
その日にできたものを売り切ること、そのために東京には出荷しないこと、などをお聞きして、私も赤福ファンになりました。
まちづくりに対しても、しっかりした哲学と見識をお持ちであり、実践されていらっしゃいましたので、その点でも感心しました。
残念ながら、その時はいろいろとあって、お役には立てなかったのですが、3か月ほどのお付き合いの中で感じたのは、まわりの人との距離感でした。
いいかえれば、世間、あるいは社会との距離感です。
トップがあまりにも突出しすぎてしまうと組織はおかしくなることを体験的に感じていましたので、危惧の念を持っていました。
しかし、今回のようなことが起きようとは思いもよりませんでした。
残念でなりません。
現場の人たちの思いがトップにもし伝わっていたら、こんなことにはなっていなかったはずです。
少なくとも先代の社長は、意図的に今回のようなことを認めることはなかったでしょう。
しかし、結果的に認めてしまったわけですが、ここに組織の恐ろしさがあると思います。
経営者こそしっかりした信念と社会性を持つべきだという「経営道」の活動にささやかに20年関わらせてもらっていますが、どうも問題は個人ではなく組織の原理にありそうです。
そんなことを改めて考えさせられています。
| 固定リンク
「企業時評」カテゴリの記事
- ■カフェサロン「人を大切にする経営とは」(2019.01.28)
- ■「人間の成長」とは「新たな働きかけをする人へ自分自身が変わること」(2019.01.17)
- ■カフェサロン「大家族主義経営を考える―個人と組織の関係」報告(2018.12.07)
- ■一番悪いのはCoCo壱番屋ではないのか(2016.01.18)
- ■お金が人間をどんどんと劣化させている(2018.11.21)
コメント