« ■節子への挽歌46:核家族での死、大家族での死 | トップページ | ■戦争と犯罪はつながっています »

2007/10/20

■人はどこまで犯罪を「進化」させられるのか

昨日に続いて犯罪の話です。
信じがたい犯罪行為が毎日のように報道されています。
いったいこれからどうなっていくのか不安があります。

明らかに犯罪の質が変化しています。
一つには、これまでは隠されていた犯罪行為が露出してきたということもありますが、犯罪行為自体が変質してきたことも否定できないように思います。
人間が考えられる行動の閾値が変化してしまったのでしょう。
人間という存在すべてに、「ふた」がされていた領域(あるいは考え)が解き放たれたのです。
これもまた、ある意味での「発見」かもしれません。
たとえば、「動機なしに人を殺すことができる」ことが発見されてしまったのです。
「不特定多数の殺人」などは、一昔前には思いつかなかったことではないかと思います。

ただ、そうした事実がなかったわけではありません。
国家や宗教組織などによるジェノサイドは大昔からありました。
しかし、まさかそれを個人ができるとは誰も考えなかったでしょう。
ましてや自分でやることなど思いもしなかったはずです。
それが最近、「個人でもできること」として「発見」されてしまったのです。
ふたがはずされると、発想は一挙に広がります。
現在の犯罪事件の報道にふれていて、私にはそんな感じがします。

エデンの園で、イブにリンゴを食べさせた蛇は、まだどうも健在のようです。
心しなければいけません。

|

« ■節子への挽歌46:核家族での死、大家族での死 | トップページ | ■戦争と犯罪はつながっています »

社会時評」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ■人はどこまで犯罪を「進化」させられるのか:

« ■節子への挽歌46:核家族での死、大家族での死 | トップページ | ■戦争と犯罪はつながっています »