■亀田選手を育てたのは誰なのでしょうか
ボクシングの亀田大毅の反則行為が話題になっています。
大勢として、多くの人が批判しているようです。
最近のスポーツ界はさんざんです。
しかし、これまでの亀田一家の言動をみていれば、そう意外なことではありません。
彼らをそう育てたのは、亀田親子ではなく、むしろマスコミやファンだったはずです。
ここに来て、手のひらを返すように、行き過ぎだ、品格がない、などと言う人の気が知れません。
私たち夫婦は、そもそもボクシングというスポーツを理解できていませんので(なぜ殴りあうのがスポーツなのか私は全く理解できませんし、妻はそもそも殴り合いを見るのが生理的にだめでした)、彼らの試合をあまり見たことはないのですが、わが娘の一人が、なぜか関心を持っているので、時々付き合わされていました。
その程度の知識しかないので、ピントはずれな意見しかもてないかもしれませんが、どうみても今回に始まった話ではないように思います。
行き過ぎだというコメントをする人には、もっと早く止められたろうにと思ってしまいます。
ここまできって、やっと「行き過ぎ」だというのであれば、コメントの必要などありません。
誰でもそう思っているはずですから。
こういう話はたくさんなります。
最近の円天事件もそうですし、相撲業界の話もそうです。ヤミ金融もそうですし、自殺サイトも同じです。
問題が起こる前に事件を防止することは、だれにとってもあまり得にならないためか、みんな熱心ではないような気もします。
しかし、どんな「事件」も結局は必ず私たちに跳ね返ってきます。
私たちの生活の基盤である社会が崩れていくからです。
社会は健全な常識とルールがなければ育ちません。
そして、その常識やルールを育てるのは、私たち一人ひとりです。
亀田一家を育てたのは、私たちみんなだというべきでしょう。
まずは自分自身の生き方を問い直す契機にしたいものです。
社員を「タコ」と呼ぶような人が教育再生に関わる時代ですから、誰かに期待するのは難しいです。
まずは自分からです。
| 固定リンク
「社会時評」カテゴリの記事
- ■言葉に管理される人間から言葉を活用する人間へ(2022.04.15)
- ■「人新生の時代」か「人消失の時代」か(2022.04.15)
- ■「これがスポーツか」(2022.02.17)
- ■コロナ感染不安症に私もかかってしまっているようです(2022.02.16)
- ■コロナ恐怖症候群の脅威(2022.01.24)
「マスコミ時評」カテゴリの記事
- ■戦争を止めるのは人の友好関係を広げていくことでしかありません(2022.05.08)
- ■報道への対抗力を高めたいと思います(2022.03.21)
- ■「いいニュース」(2021.12.06)
- ■革命は静かにやってく(2021.10.29)
- ■茶色の朝の社会の到来にぞっとしています(2021.09.24)
コメント