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2007/11/23

■「言葉の人」と「身体の人」

大きな身の変化があると見えてくることがあります。
それは恐ろしいほどによく見えてきます。

25年勤めた会社を辞めた時に見えてきたのは、人のつながりでした。
以前もどこかに書いた記憶がありますが、人のつながりは「時間」ではないということです。
一度しか会ったことがなく、それもたった15分しか立ち話をしたことのない人との付き合いが始まる一方で、長年仕事で付き合っていたのにパタリと付き合いが切れるつながりなど、思っても見なかった経験をしました。
「踏み絵」のような言い方になるのが心配ですが、そうではなく、つながりには「手段としてのつながり」と「それ自体に価値のあるつながり」があることに気づいたのです。
良し悪しの問題ではなく、同じ付き合いでも全く意味が違うことを実感したのです。

また、新しい立場になると、いろいろな人が興味を持って訪ねてきてくれることも体験しました。
組織を離れて、たった一人で、しかも世間的な意味では「まともに」仕事をしない生き方を選ぼうとする私に「つながって」も何の利得もないはずなのに、たくさんの友人ができました。これも思ってもいなかったことでした。
しかし、「利益」を求めてきた人はみんな失望して来なくなりました。
それは本当に明らかでした。
その後、ベンチャーで成功して有名になった人もいますが、成功したら私は全く意味のない存在として忘れられます。
それは私にはとてもうれしいことです。
会社を辞めた時に、そうした生き方から離脱することを目指したのですから。
そして19年、なぜか私は会社を辞めた時のままの生き方を続けています。
経済的に困ると、つながりの中の誰かが支えてくれました。
「つながり」を手段にしなかった生き方のおかげだと思っています。

妻を亡くして、またたくさんのことが見えてきました。
誤解のないように繰り返しますが、それによって誰かを評価するとか嫌いになるとかいう話では全くありません。
多様な人がいればこそ、社会は豊かなのだと確信していますから、私はほとんどあらゆるタイプの人と付き合ってきました。
要するに八方美人だったわけです。
そんな生き方は馬鹿げていると諭してくれた友人も、いつの間にか、それがお前の生き方だよなと諦めてくれています。

今回、何が見えてきたか。
「言葉の世界で生きている人(言葉の人)」と「身体の世界で生きている人(身体の人)」がいるということです。
前に書いた「ビオス」と「ゾーエ」と言い換えてもいいかもしれませんが、ますます分かりにくいかもしれません。

最近またフーコーの入門者を読んで、「正常」と「狂気」の関係を改めて考えています。
以前、「ノーマイラゼーション」や「ユニバーサルデザイン」という発想への違和感を書きましたが、そうした漠然とした違和感の実体が垣間見えてきたような気がします。
そうした視点からいえば、「正常な人」と「狂気の人」です。
いうまでもありませんが、私は「狂気の人」といえるでしょう。

ますます分かりにくくなりそうですから、やはり「言葉の人」と「身体の人」にしておきましょう。
「言葉の人」はだいたいにおいて経済的に豊かで、社会の主流にいます。
「身体の人」の多くは、文化的に豊かで、社会の主流の周辺にいます。

「言葉の人」と「身体の人」とでは、妻を亡くした私への対応は、見事に違います。
繰り返しますが、どちらが良いとか悪いとかいう話ではありません。
いずれも私のことを「心配」し、「支援」しようとしてくれているのです。
いずれにも感謝しています。
しかし、大きな違いがあるのです。
前者の人たちは「自分の視点」で私を救おうとしているのに対し、後者の人たちは「私(当事者)の視点」で私に寄り添おうとしているのです。
このあたりの話はもっとしっかりと書かないと伝わりにくいですね。

しかし、世界を見る上で、私にはとても大きな示唆を与えてくれました。
私の生き方も改めて考え直さなければいけません。
「身体の人」として生きながら、これまで以上に「わがまま」に生きようと思います。
失礼があることが多くなると思いますが、お許しください。

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