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2007/11/16

■寄合民主主義と多数決権力主義

民俗学者宮本常一の「忘れられた日本人」で語られている対馬の寄合の話はご存知の方も多いでしょう。
こんな話です。

「古文書を借りたい」という著者の申し出に対し、「そういうことなら寄りあいで話しあって」ということになり、「寄りあい」がもたれました。
ところが寄合が始まっても、いろいろな話題に話が広がり、なかなか古文書の議論になりません。
時々、古文書の話に戻るのですが、すぐまた話題はそれてしまい、著者はいらいらするのですが、結局、最後はみんなの話を踏まえたまとめ役の一声で決まるという話です。
決して結論を急ぐことなく話しあい(関連する話題も含めてですが)を繰り返しながら、それぞれが考え、みんなの共通認識を作り、問題の「落とし所」を見つけていくというわけです。
そうした話し合いは、時には何日も続くことがあるのだそうです。

著者は、こう書いています。
そういう場での話しあいは今日のように論理づくめでは収拾のつかぬことになっていく場合が多かったと想像される。そういうところではたとえ話、すなわち自分たちのあるいてき、体験したことによせて話すのが、他人にも理解してもらいやすかったし、話す方も話しやすかったに違いない。そして話の中にも冷却の時間をおいて、反対の意見が出れば出たで、しばらくそのままにしておき、そのうち賛成意見が出ると、また出たままにしておき、それについてみんなが考えあい、最後に最高費任者に決をとらせるのである。これならせまい村の中で毎日讐きあわせていても気まずい思いをすることはすくないであろう。

どんな難しい話も、このやり方だと3日もあれば、結論が出るのだそうです。

この話は、日本的な民主主義として、よく語られます。
現在の多数決原理からすれば、効率的でなく、合理的でもないということになるでしょう。
実際に、20年ほど前に、私が町内かの集まりに出た時にも、こうした名残があり、何と非効率な、といらだったものでした。

しかし、本当に非効率なのでしょうか。
単一の目的のためであれば、確かに非効率かもしれません。
しかし、「みんなが問題を理解し納得できる」こと、さらには世界を共有すること(それがコミュニケーションだと私は思っていますが)、という視点から考えれば、極めて効率的だとも思えます。
単一の目的を切り口にして、もっと大切な基本的な合意が育っているといえるからです。

最近の効率的な合意づくりは、実は近代的な効率性、言い換えれば、還元主義的な各論的効率性でしかありません。
それによって発生する社会費用を考えれば、決して効率的とはいえないはずです。

昨今の国会での法案議論を見ていると果たしてこれが合意形成なのかと思います。
対馬の寄合に込められている日本人の知恵を、私たちはもう一度見直してみる必要があるのではないでしょうか。

実は日本には、熟議民主主義の体験があったのです。
だからこそ、江戸文化のような成熟した社会が実現したのです。
その文化から私たちはもっと学んでいきたいものです。

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コメント

記事と全く関係ない話ですみませんが、
僕はニュースやその他の情報を見ているときに、それはおかしいだろと思ったり頭にきたりすることは結構あります。それはあなたも同じことだと思います。
しかし、僕みたいな一般庶民には何ができるのでしょうか?
親の収入が少ないことを除けば(ちなみに僕は高校生です)、頭に来る様なことによって自分に不利益が及ぶわけでもありませんし、世の中を変えるなんてことは無理なので、僕は自分がそれなりの暮らしを送るようにできればそれでいいのです。
戦争をなくすために活動している人たちは、なぜ活動しているのでしょう?そんな活動を続けたからといって、世の中から紛争がなくなるわけないでしょう。
僕は下の立場からそんなことをするよりは、少しでも上の立場に立とうと努力することを選びます。
(といっても、別に政治家や弁護士なんかになりたいという意味ではありません。上の立場というのは、収入とか生活が楽かとか、そういう意味で考えてください)


投稿: しょくぱん | 2007/11/19 16:00

>僕はニュースやその他の情報を見ているときに、それはおかしいだろと思ったり頭にきたりすることは結構あります。

私もそうです。すべてに反応していくわけにはいきませんが、少なくとも周りの人にそのおかしさについて自分の意見を言うようにしています。またブログなどにも書いています。おかしいことをそのままにしておくと気分があまりよくないですから。

>しかし、僕みたいな一般庶民には何ができるのでしょうか?
>世の中を変えるなんてことは無理

そうでしょうか。それぞれにやれることはたくさんあると思います。
おかしなことをおかしいと思いつづけていくことも「出来ることの一つ」です。
そのおかしさの実態をもっと知っていくことも大切です。
おかしさを一人でも多くの人に気づいてもらうことも大事です。
また、最初から世の中を変えることなどできないと思うことはありません。
ちょっとした行動が世の中を大きく変えた話はたくさんあります。
どんなに大きな事件も、最初は誰か一人の小さな行動から始まっています。

>戦争をなくすために活動している人たちは、なぜ活動しているのでしょう?
戦争が嫌いだからだと思います。自分の「それなりの暮らし」を守りたいからだと思います。

>そんな活動を続けたからといって、世の中から紛争がなくなるわけないでしょう。
そうかもしれませんが、そうでないかもしれません。

>僕は下の立場からそんなことをするよりは、少しでも上の立場に立とうと努力することを選びます。
下とか上とかいうことは、見方によって変わります。
また収入が多ければ生活が楽とも限りません。
お金だけで生活の質が決まるわけでもありません。

反論のようになってしまいましたが、しょくぱんさんが、こうして自分の意見を公開したことも「行動」の一つだと思います。
昨日、私の住んでいる市で市会議員の選挙がありました。
20代の人も立候補しました。
残念ながらだめでしたが、若い人たちが社会を少しずつ変えているように思います。
いまは格差社会などといわれますが、格差を放置しておくとますます格差は広がります。
小さな行動も集めれば大きなパワーになります。
行動を続ければ大きな成果につながるかもしれません。
しょくぱんさんのまわりにある「おかしなこと」を気にし続けていると、いつか何か自分でもできることが出てくるかもしれません。
おかしいことに気づく人たちが増えるだけでも社会は変わるでしょう。
私はそう思って、できることを少しずつやっています。

私のブログは文章だけで、しかも長いですから、読むのだけでも大変ですよね。
コメントしてくださって、ありがとうございました。

投稿: 佐藤修 | 2007/11/19 18:04

そうでしょうか。それぞれにやれることはたくさんあると思います。
>おかしなことをおかしいと思いつづけていくことも「出来ることの一つ」です。
>そのおかしさの実態をもっと知っていくことも大切です。
おかしさを一人でも多くの人に気づいてもらうことも大事です。
>また、最初から世の中を変えることなどできないと思うことはありません。
>ちょっとした行動が世の中を大きく変えた話はたくさんあります。
>どんなに大きな事件も、最初は誰か一人の小さな行動から始まっています。

>戦争が嫌いだからだと思います。自分の「それなりの暮らし」を守りたいからだと思います。

あなたの様な人たちはこういうことをよく言いますが、結局そんな行動をして、何か変わったんでしょうか。所詮は、自己満足でしかないのでは?

人間は、知能を持っている以上、いや生き物である以上、争いごとはなくならないと僕は思っています。
戦争も、僕が生きている間に無くなりはしないでしょう。
戦争反対の活動をするだけで、戦争はなくなりますか?
日本で「9条を守れ」とか呼びかけることに何の意味があるのでしょう。
少なくとも僕は、そんな活動をするくらいなら、寝るか勉強でもしてます。

それと、20代の人が立候補することっていいことなんですか?僕から見れば、そこらの年寄りも20代もあんまり信用できないです。


反論してもらえるのは僕にとってもありがたいです。
ここで議論したことも人生の糧になるでしょうし。

投稿: しょくぱん | 2007/11/21 14:38

>あなたの様な人たちはこういうことをよく言いますが、結局そんな行動をして、何か>変わったんでしょうか。所詮は、自己満足でしかないのでは?

私の場合は、小さなことですが、いろいろたくさんのことが変わりました。
また少し大きなことでは、私の知り合いたちが起こしたことでいろいろと変わったこともあります。
滋賀県の知事が変わりましたし、沖縄でも変化が始まりました。
今国会で問題になっている防衛省の事件も、始めた誰かがいたからです。

>人間は、知能を持っている以上、いや生き物である以上、争いごとはなくならないと>僕は思っています。
そうでしょう。だからこそ、みんな気持ちの良い暮らしを実現したいと思って、活動しているのではないでしょうか。

>戦争反対の活動をするだけで、戦争はなくなりますか?
>日本で「9条を守れ」とか呼びかけることに何の意味があるのでしょう。
みんな意味があるからやっています。
戦争はなくならないかもしれませんが、少なくなるかもしれません。
日本は9条があったおかげで、戦争にあまり巻き込まれず、若者は戦争に狩り出されないですんでいます。9条がなくなれば、変わっていくかもしれません。

>少なくとも僕は、そんな活動をするくらいなら、寝るか勉強でもしてます。
それもいいと思います。
誰も無理やりなにかをやれとはいわないでしょう。それぞれ考えが違うことを認め合うのが平和の出発点です。ただ、いまのままで行けば、無理やり戦争にかり出されることになりそうなので、そうなりたくないと考えて戦争反対の活動をしている人もいます。

>それと、20代の人が立候補することっていいことなんですか?僕から見れば、そこ>らの年寄りも20代もあんまり信用できないです。
いいか悪いかは誰が決めるのでしょうか。
また信用するかどうかは自分が決めることですから、私はとやかくいえませんが、私は素直に生きている人たちは世代を超えて信用しています。
人を信用しなければ自分も信用されないでしょうし。

>反論してもらえるのは僕にとってもありがたいです。
>ここで議論したことも人生の糧になるでしょうし。
あなたの人生の糧にしてもらうためにコメントをしているわけではありません。
第一、実名を明らかにしない人の実在を、私は認められませんから。

ところで、冒頭で「あなたの様なひと」と書いていますが、「あなたの様なひと」とはどんな人ですか。
私が「あなたの様な高校生」といったら、どう感じますか。
人はそれぞれに個性があり、考え方も違います。
この回答は、「あなたのような高校生」への回答ではなく、「あなた」自身への回答です。
あなたが本当に高校生かどうかもわかりませんが。
ネットの世界では偽装が蔓延していますので。
できれば次回は実名かアドレスを入れてもらえるとコメントしやすくなります。

投稿: 佐藤修 | 2007/11/22 11:35

確かに、平日の昼間からパソコンを使っているような人が「僕は高校生です」なんていっても、信じてくれませんよね。ただ、個人を特定されるようなことは言いたくないので、書ける事だけ書いてみます。

僕は通信制の高校に通っています。通信制というのは、簡単に言えば、家で勉強して、たまに学校に行くという形式の学校です。
なぜこういった学校に通っているのかというと、中学生の頃うつ病で不登校になったからです。
この間に、自分の価値観は大きく変わりました。
その後高校に入学し、今年は2年目になります。
去年はうつがなかなか直らなかったこともあってほとんど行けませんでしたが、最近は授業がない日も割と頻繁に学校や図書館に行くようになっています。

「あなたの様な人」というのは、あなたと同じような主張をしている人という意味です。
僕が言ったのは、「あなたのような主張をする人」は、大体こういうことを言いますね、と言う意味です。

あなたが「あなた(僕)のような高校生」と言うとすれば、僕の言ったことと同じようなことを言う高校生がいると思ったときでしょう。
そのときは、僕は確かにそういう人間です、とか、僕はそういう人間ではありません、などと言うだけです。
あなたは僕のことはここにコメントしているような事しか知らず、その場合は僕をあなたの知っている高校生像と重ね合わせてみることは自然なことで、そう思われるようなことについては特にどうとも思いませんし、そういったことにどうこう言うのは筋違いではないでしょうか。

>私の場合は、小さなことですが、いろいろたくさんのことが変わりました。
>また少し大きなことでは、私の知り合いたちが起こしたことでいろいろと変わったこともあります。
>滋賀県の知事が変わりましたし、沖縄でも変化が始まりました。
>今国会で問題になっている防衛省の事件も、始めた誰かがいたからです。

つまり、その程度のことしかできないのでしょう。
知事が変わったって、他の議員が今まで通りでは意味ないですし、知事が利権に手を染めるかもしれません。

>そうでしょう。だからこそ、みんな気持ちの良い暮らしを実現したいと思って、活動しているのではないでしょうか。
>みんな意味があるからやっています。
>戦争はなくならないかもしれませんが、少なくなるかもしれません。
>日本は9条があったおかげで、戦争にあまり巻き込まれず、若者は戦争に狩り出されないですんでいます。9条がなくなれば、変わっていくかもしれません。

9条があるから平和になるとは言えるのですか?
他の国が攻め込んで来たらどうすればいいのでしょう。

>ただ、いまのままで行けば、無理やり戦争にかり出されることになりそうなので

徴兵制というのは今の戦争の実態に合わず、むしろ弊害のほうが大きいものです。
万が一日本が戦争を起こしても、そんなものが導入されるとは思えません。


>いいか悪いかは誰が決めるのでしょうか。
>また信用するかどうかは自分が決めることですから、私はとやかくいえませんが、私は素直に生きている人たちは世代を超え>て信用しています。
>人を信用しなければ自分も信用されないでしょうし。

あなたは
>20代の人も立候補しました。
>残念ながらだめでしたが、若い人たちが社会を少しずつ変えているように思います。
と言いました。これは、20代の人が立候補することはいいことだと言っているのでしょう?
だから僕は、それがなぜいいことなのか?と聞いたのです。
でも、聞き方が悪かったようなので、もう一度聞きます。

20代の人が立候補するのは、どうしていいことだといえるのでしょうか?


>あなたの人生の糧にしてもらうためにコメントをしているわけではありません。
そりゃそうでしょう。僕は勝手に人生の糧にしているだけですから。


もうひとつ、聞きたいことがあります。
あなたや、「あなたの様な人」は、アメリカや日本についてはよく批判をしますが、中国やロシアやアフリカなんかについてはあんまり言ってませんよね。なぜでしょう?
戦争とか人殺しを批判するのなら、他の国についても言及する必要はあると思いますが。

投稿: しょくぱん | 2007/11/24 15:13

「あなたの様な人」に関して、私が言いたかったのは、あいまいな基準で人を安直にくくることは相手に失礼だということです。

>知事が変わったって、他の議員が今まで通りでは意味ないですし、知事が利権に手を染めるかもしれません。
大きな変化がいろいろと出ていると私は思います。

>9条があるから平和になるとは言えるのですか?
言えないでしょう。
しかし、そこに価値を置いている人もいます。
それに平和って何でしょうか。
私のCWSコモンズのサイトにも時々書いていますが、
平和の捉え方はいろいろあります。

>他の国が攻め込んで来たらどうすればいいのでしょう。
あなたは攻めてくると思っていますか。
少し読みにくい本ですが、「マルチチュード」と言う本で主張されているように、
戦争や暴力はもはや国家が国家に向けて発揮する時代ではないように私は考えています。
http://homepage2.nifty.com/CWS/action07.htm#0617
その視点でいろいろと書いているつもりです。
私は誰も攻めてこないと思っています。
それ以上に問題なのは、私たちは国家によって攻められていると思っています。
そういう指摘をさまざまなところでして居るつもりです。
たとえば民営化、たとえばフィブリノゲンの記事で示唆しています。

>徴兵制というのは今の戦争の実態に合わず、むしろ弊害のほうが大きいものです。
そう思いますが、ほとんどの国がまだ徴兵制を取っています。
日本でも導入されると考えている若者は私の周りにもいます。

>20代の人が立候補するのは、どうしていいことだといえるのでしょうか?
繰り返しますが、そうはいっていません。
20代の人たちも政治に関心を持ち行動を起こしだしている、そうした動きが少しずつ社会を変えていると評価しています。
社会を構成しているのはすべての世代ですから、みんながそれぞれに意識して行動すべきだと思います。

>あなたや、「あなたの様な人」は、アメリカや日本についてはよく批判をしますが、中国やロシアやアフリカなんかについてはあんまり言ってませんよね。なぜでしょう?
たとえばチェチェンに関して記事も書いています。
私が非難しているのは、主権国家という現在の政治体制です。
何回か世界を捉える構図について描いていますが、私の意見のすべては、「国家」「制度」「組織」と「生活する個人」の対立構造を踏まえています。
ソ連、中国はアメリカと同じように出てくるように思います。
日本が多いのは私が日本に住んでいるからです。
念のために言えば、日本が悪いとは言っていないと思います。
どこかでそう書いてあったら修正します。
私が問題にしているのは、いつももっと具体的な話です。
小泉政権や安倍政権、あるいは現在の厚生労働省、社会保険庁の、死かも具体的な言動を問題にしているつもりです。
誤解のありませんように。

こうしたやり取りはあまり建設的ではないと思います。
今回で終わりにさせてもらいます。
ご自身の内容のあるコメントはこれからも歓迎しますが。

投稿: 佐藤修 | 2007/11/24 17:02

熱くなりすぎてしまったなという感じはします。その点については反省します。


>あなたは攻めてくると思っていますか。
>少し読みにくい本ですが、「マルチチュード」と言う本で主張されているように、
>戦争や暴力はもはや国家が国家に向けて発揮する時代ではないように私は考えています。
http://homepage2.nifty.com/CWS/action07.htm#0617
>その視点でいろいろと書いているつもりです。
>私は誰も攻めてこないと思っています。

僕はその本を読んでいないので、誰も攻めてこないとなぜ言い切れるのか教えていただきたいです。
僕としては、北朝鮮や中国は何を考えているかわからず、不気味だと思っています。


>それ以上に問題なのは、私たちは国家によって攻められていると思っています。
>そういう指摘をさまざまなところでして居るつもりです。
>たとえば民営化、たとえばフィブリノゲンの記事で示唆しています。

いくつか日本での例を挙げていただきたいとおもいます。

世の中の秩序を守るためには、巨大な権力が必要です。
しかし、権力は腐ることも多く、そのことによって「国家によって攻められている」状態になると言うことでしょうか。
そして、あなたはそんな世の中が変わればいいな~と思って活動しているのでしょう。
>大きな変化がいろいろと出ていると私は思います。
この変化は、あなたがこのブログで主張しているような方向への変化ですか?
世の中が変わればいいな~と思うのであれば、もっと直接的な行動をするべきじゃないかと、僕は思うのです。
このブログでいろいろ書いていても、例えば僕みたいな人間や、あなたの主張を理解しない人たちは変わらないのです。
そのあたりに、僕のなんともいえない違和感があるのかなと思います。


>9条の話

平和と言う言葉を使ってしまったのは迂闊でした。
僕が思うのは、9条があったから日本は戦争に巻き込まれることがなかったと言うのは、違うのではないかと言うことです。
日本が戦争をしなかったのは、アメリカがいたからではないかと思うのです。
日本に戦争を仕掛けたくてもアメリカが守っているし、日本から戦争を仕掛けようとしてもアメリカが許さなかったでしょう。
9条がつくられたということは、アメリカが日本軍を利用して戦争をしようと考えたことも無かったと言うことでしょう。
僕はアメリカは好きではないのですが、でもしょうがないとも思っています。


>20代の立候補の話
あなたは“20代の人が落選したことを残念だ、でも若い人たちが社会を少しずつ変えているように思う”と言う内容のことを言ったので、僕はあなたが20代の人が立候補することをいいことだと思っているんだろうと判断しました。

そして、あなたは
>20代の人たちも政治に関心を持ち行動を起こしだしている、そうした動きが少しずつ社会を変えていると評価しています。
と言いましたが、それは、今より若者が政治に興味を持っていたと思われる数十年前は、若者が立候補することは多かったと言うことになりませんか?
なんとなく違うような気がしますが、気のせいでしょうか。

投稿: しょくぱん | 2007/11/29 17:38

仕事で出張していたため、回答が遅くなりました。
個々の回答は今回はしませんが、
私の周りでは実際に活動している高校生も少なくありません。
私のやっているコムケア活動にも協力してくる高校生や専門学校生もいます。
しょっぱんさんがどこに住んでいるのかわかりませんが、地域を教えてくれれば私の仲間を紹介できるかもしれません。
私がやっていたサロンにも高校生が来てくれたこともあります。
いまはもう企業に勤めていますが。
私が関わっている平和活動にも高校生はいます。
小学生もいます。
もちろん80代の人も仲間にいます。
それぞれができることをやっています。
きっとしょっぱんさんのまわりにもいるはずです。
一度そうした活動の場に出てみるのもいいかもしれません。
私はこのブログに当てている時間は、1日多くても30分くらいですので、毎日と言うわけにも行きません。
毎日掲載されているのは、実は電車などの移動時間に書き込んでまとめて投稿しているのですが、そんなわけでコメントはいいのですが、意見交換は避けたいと思っています。もし東京周辺にお住まいでしたら、一度、湯島のオフィスに来てください。
時間を出来るだけあわせます。
ただ夜は時間が取れないと思いますが。

投稿: 佐藤修 | 2007/12/01 21:09

しょっぱんさんへの追伸

友人の川本さんと言う人が、高校生を意識した本をいろいろ出しています。
読みやすいので、もし関心がもてたら読んでください。
次のサイトで紹介しています。
http://homepage2.nifty.com/CWS/kawamoto.htm

投稿: 佐藤修 | 2007/12/02 07:41

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