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2007/12/21

■節子への挽歌110:節子は電車の掃除の仕事までしました

節子 元気でしょうね。
昨日、油絵のことを書きながら思い出したことがあります。

あなたはアルバイトも時々やっていましたが、その一つに電車車両の掃除の仕事がありましたね。
先日、テレビを見ていたら、「電車の掃除をすることが夢」という子どもの夢を実現してやるという番組がありました。
お母さんが見ていたら喜ぶだろうなと娘たちが言いました。
本当に節子に見せたかったです。

節子にとっては、趣味も習い事もアルバイトも、きっとみんな同じだったのでしょうね。
友人に誘われるとだいたいやりだしましたね。長続きはしませんでしたが。
その仕事は、近くの電車車庫に行って、みんなで車内掃除をするという仕事だったと思います。
いつもその様子を楽しそうに話していたのを思い出します。
そこで出会った人から桃屋の佃煮をもらってきたことも、なぜかはっきり覚えています。
今から考えると、私の収入が少なかったので働いていたのかもしれませんが、私はそんなことは一切考えたこともありませんでした。
桃屋の佃煮が家計を助けていたのかもしれませんね。

でも、楽しいから働く、それが節子の生き方でした。
働くのも遊ぶのもあなたには同じだったのだと思います。
それが私たち夫婦の共通の生き方でしたから。
しかも、そういう場で、あなたは必ず友だちをつくってきました。
あなたの新聞への投稿記事を読んで10年ぶりくらいに電話をくれた人もいましたが、その人は英会話の教室で何回か会っただけだそうですね。
その人は、なぜかあなたのことを覚えていて、新聞を見て電話をかけてくれたのですね。
節子は本当に不思議な人でした。

そのくせ、私の友人たちが集まる場では、そうした不思議な面はあまり見せませんでしたから、私自身もその節子パワーに気づいていなかったのかもしれません。
あなたの「気」のすごさを知ったのは、節子が病気になってからです。
今にして思うと、私の元気の源は節子から送られてくる「気」だったのですね。
その「気」は、今も送ってくれているのでしょうね。
でなければ私がこんなに元気になれるはずはないよね。

そちらでもたくさんの友だちができましたか。
相変わらず長続きしない挑戦をしていますか。
今度会ったらどんな話が聞けるか楽しみにしています。

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