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2007/12/29

■「批判ばかりせずに代案を出せ」の恐ろしさ

みのもんたの早朝の番組に各政党の人たちが政治論争をしていました。
最近、朝早く目が覚めるために、いつもこの番組をみていますが、今日はみんなエキサイトしていました。
政党による政治論争を聞いていると、与党側からよく出てくるのが、
「批判ばかりせずに代案を出せ」という言葉です。
今日も自民党と公明党の人が盛んに連発していました。

与党に与する人たちも、よく「民主党には代替案がない」と言います。
私などは、自民党以上に民主党は政策を明示しているように思います。
自民党はたしかに具体的な法案や手続き明細はだしているかもしれませんが、
それは政権担当政党としての作業でしかありません。
政策には理念やビジョンがなければいけません。
そういう意味では自民党よりも民主党の方に、私は政策や具体的な方策を感じます。
それに、独立行政法人見直しの動きを見ていると、
現在の政府の政策のほとんどは官僚がつくったものかもしれないと疑いたくなってしまいます。

人によって見方は違いますから、どれが正しいというつもりはありませんが、
少なくとも与党と野党の立場の違いを踏まえて考えなければいけません。
政府閣僚の「民主党には代替案がない」という言葉を鵜呑みにしてしまうことだけは避けたいものです

それ以上に大切なことは、批判の大事さが軽んじられていることです。
批判と代案提出とは別の問題です。
それに批判をよく読めば、ほとんどの場合、そこには代案が示唆されています。
それが読み取れないのは、官僚の案を鵜呑みにしているだけで、
真剣に問題を考えていないからかもしれません。

批判は否定ではありません。
与野党が対立関係で考えると批判は否定になることもありますが、
もっと大きな政治の目的からいえば、批判は建設につながるはずなのです。
代案を一緒に考える、それこそが民主主義に基づく政治のあり方です。

「批判ばかりせずに代案を出せ」
この言葉の恐ろしさを思い出さなければいけません。
そうした言葉が、どういう結果をもたらしてきたか、忘れてしまっているのでしょうか。

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