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2007/12/12

■節子への挽歌101:挽歌が書けるまで続けます

「節子への挽歌」も、ついに100回になりました。
一体いつまで続けるのかと思われている方もいると思います。
実は「節子への挽歌」が書けるまで続けたいと思っています。
これまでも何回か、挽歌を書こうと試みたのですが、どうもうまく書けません。
挽歌というものの難しさを知りました。

このブログを「節子への挽歌」と呼んでいますが、挽歌などといえるような代物ではありません。あえて言えば「鎮魂歌」です。
こうした雑文を書いていると、心が鎮まることは間違いありません。
節子のための鎮魂ではなく、私自身のための鎮魂かもしれませんが、私たちは一体だと私は思っていますから、私には矛盾ではないのです。
このブログを書き続けてきたおかげで、私自身は毎日、節子との時間をかなり共有できています。
しかし、こんな文章を節子が喜んでいるかどうかはわかりませんし、娘たちも長すぎて読んでもくれません。
ましてや家族でもないみなさまにとっては、ほとんど興味のない話でしょう。

しかし、いつか私が納得できる「節子への挽歌」が書けるまで、あるいは「節子への挽歌」を書かなくても私が納得できるようになるまで、このブログは続けようと考えています。
別のブログに移行することも考えたのですが、ビオスとゾーエについて書いたように、むしろ混在させことに意味を感じ出しています。
それでこのスタイルをもう少し続けようと思っています。
それに私にとっては、時評も挽歌も実は同じなのです。
時評を書いている時も節子への語りかけとして書いていますし、挽歌を書いている時には時代の風景の中で節子と語り合っているのです。

妻を失った人間の言葉を聞いても退屈なだけでしょうが、社会的弱者の心情という点で言えば、少しだけ普遍性を持つのではないかと思います。
それで、私としては周辺の人にはかなり失礼なことまで含めて真情を吐露しているのです。
その意味では挽歌もまた時評の要素を十分に持っていると思っています。
もちろんそうでない単なる駄目男の愚痴や嘆きも少なくないのですが。

そんなわけで、挽歌はまだ続けます。
なにしろ40年、一緒に暮らしてきた同志ですから、材料はなくなりません。
それに私が心から愛した女性なのです。
材料がなくなる時は、きっと私の人生もまた消える時です。

ただ次回からは節子への語りのスタイルにしようと思います。
これまではそのスタイルがとれませんでした。
その理由もまたいつか書きますが。

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