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2007/12/01

■守屋非難の前に、先ず自らの身を正したい

守屋前防衛次官の逮捕により、防衛省の実態が少しずつ見えてきました。
その「金銭汚染」の広がりは私が思っていた以上でした。
彼の周りにいた人たちはほぼ全員共犯と言っていいでしょう。
美鳩会のメンバーも、法的にはともかく、道義的には共犯を免れないはずです。

テレビ報道で、守屋問題の感想を訊かれた防衛省職員が、国民と同じ気持ちです、と応えていました。
このブログで何回も書いているように、組織の仲間の犯罪は組織全員の犯罪だと私は思いますから、あなたも「仲間」でしょうと言いたい気分でした。
こうした「まじめな職員」が、守屋事件を支えているのです。
その典型例が、ナチスのユダヤ人ジェノサイドです。

守屋さんはおそらく氷山の一角でしかありません。
それに何も守屋時代に始まったことではないでしょう。
私の認識では、あるいは体験では、少なくとも25年前から存在していたことです。
もちろん程度は今とは大きく違いますが、構造的にはなんら変わっていないのではないかと思います。
国際関係および日米関係と言う側面はかなり変わっているでしょうが。

そうしたことを垣間見ながら、何もしなかった自分を恥じなければいけませんし、恥じています。
もしそうしたことすべてに口を出していたら、時間がいくらあっても足りないという言い訳はありますが、所詮はそれは言い訳でしかありません。
「時間がない」はいかなる場合にも正当化の理由にはならないからです。
それに、このブログに最近投稿してくれた高校生が言うように、そんな事をしても何も変わらないという「小賢しさ」が私にもあったかもしれません。

これからは、「おかしいことはおかしい」という姿勢をもっと大事にしようと思います。
そうでなければ、私も結局は守屋さんと同じ仲間になりかねませんので。
守屋さんを非難する前に、先ずは私たちそれぞれが身を正すことが必要かもしれません。

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