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2008/01/11

■「松下電器」から「パナソニック」へ

松下電器産業が、社名を「パナソニック」に変えることになりました。
ブランド政策からいえば、むしろ遅すぎる決定かもしれません。
ビジネス戦略としては、成功することは間違いないでしょう。
でもそのニュースを知った時に、なぜか一抹の寂しさを感じました。

大坪社長は、記者会見でこう話されたそうです。
「世界の市場で事業展開するうえで、松下電器の名はローカルな印象がある」
たぶんそうなのでしょう。
でもなぜかその言葉に一抹の寂しさを感じます。

なぜ寂しいのか。
会社名がどんどん外来語になっていくことに何となく不安を感じます。
企業のアイデンティティや文化がますます見えなくなっていくことを懸念します。
もっとも私自身の個人企業も「コンセプトワークショップ」などというわけのわからない外来語を使っていますので、勝手な意見ではあるのですが。

社長の発言には「ローカル」に対するマイナスイメージを感じますが、これも残念です。
ローカルの誇りをもっと私たちは持つべきではないか、それこそが均質化が進んでいる世界の豊かさを担保するのではないかと考えている私としては、ちょっと残念な発言です。
「ローカル」の価値は、そこに立つものにしか実感できないのかもしれませんが、失われるべきものではないと思います。

しかし時代の流れには、松下にしても抗しきれないということなのでしょう。
論理的に考えれば、その方針には意を唱えるつもりは全くありませんが、ただ何となく寂しさがあります。
どうしてでしょうか。

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