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2008/01/24

■節子への挽歌144:人は「老い、病み、死ぬ」もの

節子
今日はちょっと重い話です。

熊野純彦さん(東大准教授)は、その著者の中でこういう主旨のことを書いています。

人間は、身体として生きているかぎり、さまざまな欠如をかかえている。
それなのに、なぜか、身体が病んで、痛みに苦しみ、老い、やがて死んでゆくことを、
忘れはててしまっているように思われる。
この意味が最近よくわかってきました。
書き出すときりが無いのですが、もし私に才能があれば大論文が書けそうな気がしています。
私たちが生かされている深遠の意図が読み解けそうな気がしてきているのです。
もちろん読み解けるわけもなく、それは幻想でしかないのですが、
なにやらそうした生命や宇宙の神秘に近づけているような、奇妙な気がしています。
これも毎夜、節子と交信をしているおかげ、もしくは暗示かもしれません。

節子と異身同心で生きていた頃、私自身のいのちや思いの広がりは外に向かって開いていました。
節子の世界が、私の世界になった途端に、世界は無限に拡散し出します。
なぜなら節子は私との世界以外にもまた世界を持っており、私たちの世界の外延は無限に広がっていくからです。
ですから発想の方向はつねに発展だったのです。そこには無限ともいえる可能性、つまり希望がありました。
発達心理学の「人間は死ぬまで向上する」という言葉を、何の疑問もなく、言葉通りに信じていました。
歴史の進歩主義を否定しながら、個人においては生涯の進歩を信じていたわけです。
ですから私の生き方は、常に前にしか興味がなく、拡散的な楽天主義だったのです。

しかし、節子がいなくなって、私の半身が削がれてしまってからは、発想が反転してしまいました。
忘れていた「老い」や「身体の限界」、そしてもちろん自らの「死」になまなましく気づいてしまったのです。
私の拠り所だった、インドラの網から自分が突然放り出されたような気もします。
そして発想が、発展から収束へと反転してしまったのです。
さらに、節子を通して広がっていた世界の幕が閉ざされることで、
私自身の世界もまた縮小基調に向かうような意識が強まっています。
そうなると、「不安」が生まれます。

節子がいなくなって初めて、私は「不安」に出会いました。
そして、「老い」とは不安なのだと知りました。
いや、不安こそが「老い」なのかもしれません。

節子にとても悪かったと反省していることがあります。
「身体が病んで、痛みに苦しみ、老い、やがて死んでゆく」という、当然のことさえも、
私には見えていなかったのではないかということです。
節子がそれを身体的に実感していたこと、そしてそれを私に伝えていたことも、
今にして思えば、思い当たります。
しかし、節子と私が離れ離れになることなど、あるはずがないという手前勝手な思いのもとに、
「絶対に治る」と確信し、私は「老い」も「不安」も見ないようにしていたのです。

しかし、人は「老い、病み、死ぬ」ものなのですね。
その現実は避けようもないのです。
「老い、病み、死ぬ」ことに、節子と一緒に立ち向かえないことが寂しいです。

続きはまた書きます。
この話はかなり長い話になりそうですから。

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