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2008/01/31

■素材メーカーの海外シフトとポーター仮説、または毒物混入餃子の遠因

「素材メーカー、海外シフト加速」という記事が朝日新聞に出ていました。

二酸化炭素の国内での排出削減を求められている素材メーカーが、海外生産を加速させようとしている。
どう考えてもおかしな話だと思いますが、これが昨今の環境問題への取り組みの実態です。
簡単にいえば、形を整えるために環境負荷を高めているということです。
最近のリサイクル問題(30年前までのリサイクルは違います)や排出権売買、静脈産業論なども、そうした動きの一つだと思います。
これに関しては、20年近く前に、「脱構築する企業経営」で、エントロピー視点からの問題提起をしたことがありますが、
その後の20年はそれとは全く反対の方向に進んでいるような気がします。

素材メーカーが海外にシフトすることが一概に悪いことではありません。
もし生産拠点が市場の近づくのであれば、環境負荷は低下します。
しかし動機が排出抑制投資や排出枠購入などのコストを回避しようというのであれば、
問題が出てきかねません。
排出抑制努力は緩和され、製品の移動に伴う環境負荷が高まることもあるでしょう。
排出権を企業単位に付与すれば、こうした立地による回避策は防止できます。

しかし、最大の問題は「コスト」から発想するか、「環境」から発想するか、です。
昨今の企業は。コストから発想することを基本にしています。
しかも、その「コスト」概念が、いかにも狭い視野でしか考えられていないのです。
問題が起きないはずがありませんが、それを支えているのは財界と政治です。

私は大企業こそが、環境問題に正面から取り組むのがよいと考えています。
1970年代後半、日本版マスキー法による自動車排ガス規制が技術革新を促し、燃費節約などを進め、
日本の自動車産業の国際競争力が高まったとされています。
戦略経営で有名な、マイケル・ポーターは、
「適切に設計された環境規制こそが産業を進化させる」と言っています。
私はこれを「ポーター仮説」と呼んでいますが、
企業の存在価値は、そうしたイノベーションを起こしていくことです。
欧州では、ファクター4などの動きで、それが具現化されています。

企業の経営発想の基本には「コスト」でなく、「価値」を置くべきです。
そのことは、私たち一人ひとりの生活においてもいえることです。
中国産餃子への毒物混入事件が発覚しましたが、
これもまた私たちの「コスト重視の暮らし方」が生み出したことかもしれません。
すべては私たちの生き方につながっているのです。

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