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2008/01/01

■教育基本法よりもテレビのあり方を考えたらどうでしょうか

年末年始を、体調も災いして無為に過ごしています。
体調不良で自宅にいると外部との接点はテレビになります。
これほどテレビの前にいたことはありません。

年末年始にはニュース番組はほとんどなくなり、お笑い番組と歌番組ばかりで占められることを知りました。
しかし、お笑い番組と歌番組も、一昔前のものとは全く違っており、お笑いも歌も実に中途半端で、笑えないお笑いや聴けない歌が多すぎるように思います。
こういう番組に囲まれていると一体どんな人間になってしまうのか、恐ろしささえ感じてしまいました。
教育基本法がどうのこうのという以上に、大きな問題がここにあると思えてなりません。
今のテレビ状況を変えずして、学校をいくらいじってもだめでしょう。
敵は意外なところにいるのではないかと思い知らされました。

わが家は喪中なので、門松も祝の膳もありません。
しかし世間はおめでとう一色です。
それが悪いわけではないのですが、年の始まりには、もう少し時代を見据えて自分たちの生き方を考えるような番組があってもいいような気がします。
それが全くといっていいほど無いことにも驚きました。
「めでたい」ということはただ笑えばいいということではないでしょう。

それにしても、昨夜の紅白を見ていて、こんな番組を作るNHKになぜ毎月受信料を払わなければいけないのかと不思議に思いました。
ほぼ強制的に受信料を取るのであれば、当然、その使途は詳細に公開すべきだろうと思います。

テレビ界の人たちはどう思っているのでしょうか。

ちなみに新聞も年々内容がなくなってきたような気がします。
日本はどんどん非情報化革命が進

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