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2008/01/01

■節子への挽歌121:節子のいないお正月

千葉はとても穏やかな年明けでした。
昨日からちょっと体調を壊したために、自宅で静かに過ごしています。
節子と一緒に暮らすようになってから2回目の、別れて過ごす正月です。

私たちは籍を入れる前に一緒に暮らし始めました。
12月に貸家をかりての「神田川的生活」を始めたのです。
そして正月は、それぞれの自宅に帰って、自分の親の許可をとってくることにしました。同棲を始めてから親に報告に行ったわけです。
節子は大反対でしたが、決めたら誰が何と言おうと決行するのが、当時の私の生き方でした。
きっと有無を言わさずに節子に押し付けたのでしょう。
当時、私は、思い切り自分流で生きていました。

結果は2人とも完全に失敗で、両方とも親の大反対を受けてしまいました。
反対されてもすでに既成事実(単に同棲だけでしたが)はできているので、イニシアティブは私たちにあります。
いつの時代も、行動が最高の計画です。
もし愛する人ができたら、考えることなく行動すべきです。
そして行動したら、最後まで責任を取るべきです。
それが「愛」だと、私は思っています。

で、少し時間はかかりましたが、両方とも私たちの結婚を認めることになったわけです。
そして結局、両方の両親とも、とても喜んでくれることになりました。
私たち夫婦にとっての最大の親孝行は、たぶんお互いに最高の伴侶を見つけたことだと思います。

親から反対されようと私たちはめげることなく、生き方は変えませんでした。
私はそれ以前からもそういう生き方でしたが、節子も意外とそうだったのです。
あまり表面には出しませんでしたが、強い自己主張のある女性でした。
まぁ頑固だったということなのですが。
しかし、親(親族みんな)の反対を押し切っての結婚だったので、節子はどんなことがあっても親元には愚痴をこぼすことはありませんでした。
節子は自分で決めたことは徹底して守るタイプでした。
その決意も完璧に行われましたので、私の欠点は節子の両親には全く伝わらずに封印されたわけです。
ですから私は理想の婿になれたのかもしれません。

私たちが、世間の常識の呪縛に縛られることなく、自分たちの夫婦スタイルを一緒に創りだす生き方になった原点が、この時にあります。
意気消沈して帰ってきた者「同士」が「同志」になったのです。
節子は泣きながら、結婚するが親不孝は絶対にしたくないといいました。
そうした節子を、私は絶対に守ろうと思いました。
そして神田川的生活が本当に始まったのです。

その時、私が持っていた貯金は8万円でした。
節子の貯金がそれより数倍多かったのは間違いありませんが、いくらだったか覚えていません。私のはあまりの少なさに記憶していますが。
そのため半年くらいは、まさに6畳一間に近い生活をしたわけです。
タンスもなく、ミカンの空き箱も利用しました。
その冬も寒かったです。
暖房器具もあまりなかったような気もします。
お互いに身体を暖めあうように一緒に寝ました。
しかし、いま思い出すと、その頃が一番楽しかったのかもしれません。

あれから40年以上がたちました。
当時に比べると夢のような大きな家とたくさんの家財に囲まれています。
しかし肝心の節子がいません。
人間にとって、何が一番大切か。
そのことを改めて思い知らされています。
家も家財も、節子がいなくなってしまった今は、私には無用の長物でしかありません。
そうしたものが多ければ多いほど悲しさはつのるのです。
そのことに、もっと早く気づくべきでした。

この40年はいったい何だったのか。
本当に夢幻のような気がします。
40回以上も新年を一緒に過ごしたことがどうも実感できません。
そして、なぜ今年は節子がいないのか。
別れていても、いつも一心同体なのだと思えるようになってきましたが、
それでも話し相手がいない元日はとてもさびしくて元気が出ません。

今年は元気なことから書き出そうと思っていましたが、体調不良のせいで結局また暗くなってしまいました。
娘がスターバックスの美味しい珈琲を買ってきてくれて、いれてくれました。
少し元気が出ましたが、節子がいないさびしさは埋まりようがありません。

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