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2008/01/30

■道路になぜ駐車していけないのでしょうか

一昨日の朝日新聞にこんな記事が出ていました。

自宅で療養する末期がん患者などを支える訪問看護ステーションの車が、訪問先で駐車違反とされるケースが相次いでいる。千葉県松戸市の訪問看護師(52)は、今も憤りが収まらない。駐車監視員が導入された06年の11月、駐車違反で反則金1万5000円を支払った。
末期がん患者の状態が悪化していると連絡を受け、すぐ自宅に駆けつけた。1時間ほど様子をみて車に戻ると、違反の紙が張られていた。警察署で事情を説明しても取り合ってもらえなかった。
道路は昔はみんなの「生活空間」でした。
それがいつの頃から「自動車通路」になりました。
駐車禁止は「生活空間」と「自動車通路」の両方につながっていますので、悩ましいですが、ここで紹介されている事例をみなさんはどう考えるでしょうか。

私は道路上の駐車にはかなり寛容な発想をしています。
それもまた道路の機能の一つだと考えるからです。
商店街だとか駅前だとか、駐車設備があるところなどの長時間駐車は禁止すべきですが、それも事情によっては認めてもいいと思います。
ましてや、生活道路的な側面をもつ住宅地域の道路であれば、先ずはその地域の住民の生活が優先されるべきです。
「道路になぜ駐車していけないのか」
そのことが忘れられて、ともかく駐車は罰金だという社会は恐ろしいですね。

わが家も昨年は訪問看護ステーションや訪問医師の車に来てもらっていました。
ですから事情がよくわかります。
緊急で来てほしい時には、駐車場のことまで気にしていられません。
こうした話を聞くと、制度というものが、目的を忘れて私たちの生活を苦しめていることが見えてきます。
制度には必ず目的があります。
その目的を目先の目的ではなく、もっと大きな目的で考える姿勢がどんどんなくなってきているような気がします。

私たちがつくった制度や仕組みが、私たちの暮らしを壊し出していることに、そろそろ気づいて行くべきではないかと思います。
法も制度も、その運用には「人間の心」が入らなければいけません。

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