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2008/01/18

■小沢たたきへの違和感とキャスターの定見

新テロ特措法の採決に参加しなかった小沢民主党党首が批判され、またそれに関する記者会見での発言も開き直りだと言われています。
私がもし小沢さんだったら、きっと同じことをするでしょう。
いずれにしろ瑣末な話だと思います。
マスコミは瑣末な話を大きくして先導するのが得意ですが、これもその一例のような気がします。
国会議員の最大の責務は国会議決への参加であり、ましてやこれほど重要な法案の議決に参加しないのは党首として問題だと言われますが、議決に参加しないこともまた意思表示の一つです。
法案に対する意志は既に明示されており、しかも2度も否決しています。
それに衆議院での議決は、ほとんど議論もなく、ともかく数の論理で可決するだけの話ですから、議決の意味は全くありません。数を背景にした暴力の発動でしかありません。
憲法に条文がある以上、正当な手続きではありますが、その精神からいえばいろいろと問題が有ることも否定できません。
法に反しなければいいというのは犯罪者の弁明でしかありません。
無駄な茶番劇に付き合う必要はないと私も思います。

むしろ、なぜこのやり方に反対の議員が採決をボイコットしなかったのか。ボイコットはともかく、なぜもっと再審議や異議申し立てが行われなかったかと言うことこそ、私は気になります。あれだけ異議申し立てしていた野党の人たちは一体何なのか、そういうことにこそ不信感を持ちます。
一番新しい国民の代表議員の反対にも関わらず暴力的に法案が可決される不条理こそ、問題にすべきです。

とまあ、以上の意見は論理的には破綻の多い感情論でしょうが、このところの小沢党首の言動は私の気分にはかなり合います。
念のために言えば、私は小沢さんの政策理念やビジョン、とりわけ国家観には反対です。民主党のマニフェストにも、こと憲法に関しては反対です。
にもかかわらず、他の政治家よりも親近感を感ずるのはなぜでしょうか。

まあ不器用に言動している小沢さんはともかく、気になるのはマスコミの報道姿勢です。
私は最近の古館さんの姿勢に共感を持っていますが、番組の画面構成やゲストの選択は古館さんの姿勢と必ずしも合っていないような気がします。
たとえば、先日、ガソリン税の報道の際に、暫定税率をやめると開かずの踏み切り工事が出来なくなるといわんばかりの解説画面が流れました。
さすがに古館さんはそれとなく皮肉を言っていましたが、古館さんの一言よりも画面編集によるメッセージのインパクトが強いはずです。
そういう意味で、最近の番組の作り方に安直さを感じます。
たぶんプロデューサーやディレクターに定見がないのでしょう。
したがって、大きな主張もないのです。
世間で問題になっていること世間の水準に合わせて面白おかしく、しかも無編集で話題提供しているように思えてなりません。

瑣末な話を取り上げるのもいいでしょうが、大切なのはそこに含意されるメッセージです。
最近の小沢民主党たたきの動きをみていて、日本のマスコミは権力や体制に絡め取られてしまったような気がしてなりません。
だからこそ、嫌われようと批判されようと、古館さんにがんばってほしいです。
降板させられるほどがんばってください。
小沢さんも古館さんも、小賢しさを感じさせないのが、私の好きな理由です。
もっとも古館さんが嫌いな人も多いでしょうね。
彼は「今様」ではありませんから。

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