« ■小沢たたきへの違和感とキャスターの定見 | トップページ | ■「もはや経済一流ではない」 »

2008/01/19

■節子への挽歌139:竹内まりやの「人生の扉」

論争相手の武田さんが、気が向いたら聴いてよ、といってCDを送ってきてくれました。
武田さんとの論争のテーマはいつも民主主義でしたが、
それを知っている節子は、いつも同じようなことを話していてよく飽きないわね、と言っていました。
武田さんは、このブログを読んでいて、私を心配してくれて、時々電話をくれるのですが、
以前と同じように、いつもまた民主主義論争になってしまうのです。

CDは竹内まりやでした。
竹内まりやは、私も一時とても好きでよく聴いていました。
武田さんは、最近話題の「人生の扉」の最後のフレーズがとても好きなのだそうです。
ご存知の方も少なくないと思いますが、今ならYOU TUBE でも聴けます

TFさんが好きなフレーズは

長い旅路の果てに 輝く何かが 誰にでもあるさ
です。
残念ながら、私には全くピンときません。
私の人生の先に輝く何かがあるとはとても思えないのです。
しかし、「果て」ではなく、「長い旅路のなか」であれば、よくわかります。
人生には必ず輝く何かがあるものだというのは、私の昔からの確信の一つでもあります。
私の場合、それは何だったのか、そして何時だったのか。
それは「節子と新しい人生を始めた頃の2年間」でした。
私は組織から自由になり、退職金で好き勝手なことをしていました。
節子は貯金がどんどん減って、ボーナスもなく、不安を感じながらも、
私と一緒に新しい世界を開くことにわくわくしていました。
それまで時々ずれることもあった、2人の人生観が重なったのです。
喜怒哀楽を共有する伴侶になれたのです。
この歌詞にある「輝く何か」とは違うものだと思いますが、私の人生の先が決まった2年間でした。
節子の人生も、そこで決まってしまっていたのかもしれません。

そして、その後、私たちの人生は信じられないほどの速さで過ぎました。
「人生の扉」にはこういうフレーズがあります。

信じられない 速さで 時は 過ぎ去ると 知ってしまったら
どんな 小さなことも 覚えていたいと 心が言ったよ
私は、このフレーズが心に深く入りました。
こんなに早く節子との別れがくると知っていたら、私も、「どんな小さなことも覚えていたい」と思ったでしょう。
私自身、あまりに生き急いだ気がしてなりません。
病気になってからの節子は、その私の生き方にはきっと不満だったはずです。
「いそがしいのにごめんね」と節子はよく言いました。
そのたびに、「いそがしくなんかないよ」と言っていましたが、
節子には私の生き方は「忙しく」見えたのです。
いえ、実際に忙しかったのでしょう。心を失っていたのかもしれません。

武田さんの好きなフレーズに続いて、英文の歌詞があります。
その最後は

But I still believe it's worth living
です。
まだその気分にはなれません。
武田さんは、そういう私の気分を察してくれているのでしょう。

久しぶりに竹内まりやを繰り返し聴きました。
人生は本当に哀しいですね。
価値があると信じなければ生きていけない人生とは一体何なのでしょうか。

|

« ■小沢たたきへの違和感とキャスターの定見 | トップページ | ■「もはや経済一流ではない」 »

妻への挽歌01」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ■節子への挽歌139:竹内まりやの「人生の扉」:

« ■小沢たたきへの違和感とキャスターの定見 | トップページ | ■「もはや経済一流ではない」 »