« ■対立の時代の様相 | トップページ | ■競技としての政治、価値としての政治 »

2008/01/10

■節子への挽歌130:寝室があったかくて、明るいのは節子のせいですか

節子
相変わらず明け方に目が覚めてしまいます。
今までよりも就寝時間が早くなったからかもしれませんが、いつも5時頃から6時頃までは目が冴えてしまうのです。
そこで最近気づいたことがあります。

今年の冬は寒いのか暖かなのかわかりませんが、私の実感では寝室が例年よりあったかいのです。
節子がいなくなって、これまでよりは寒いはずなのですが、空気がとてもあたたかい気がします。
もしかしたら寝室に節子が充満しているのかもしれませんね。
節子、そうなのですか。
一人寝の寒さを感じないのです。とても不思議なのですが。

それに、昨夜気づいたのですが、日の出前なのに何となく部屋が明るい気がします。
いままでもそうだったのでしょうか。
LED発光の時計があるので、寝室はいつも真っ暗ではないのですが、今までもこんなに明るかったでしょうか。

枕もとに節子の写真がありますが、その暗闇の中で見ると美人に見えます。
あなたがちょうどいい明るさと空気のあたたかさをつくっているのかなと昨夜気がつきました。

節子がいなくなってからもう130日目なのですが(この挽歌のナンバーがその日数です)、まだあなたがいないことが実感できずにいます。
あなたはわが家のいたるところにまだいるような気がしてなりません。
未練がましいとか願望とかではなくて、そう実感するのです。

節子 ありがとう。
この冬は、風邪をひかずにすみそうです。
寒い冬になると思いこんでいましたが、決してそうはならないようです。

|

« ■対立の時代の様相 | トップページ | ■競技としての政治、価値としての政治 »

妻への挽歌01」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ■節子への挽歌130:寝室があったかくて、明るいのは節子のせいですか:

« ■対立の時代の様相 | トップページ | ■競技としての政治、価値としての政治 »