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2008/01/18

■節子への挽歌138:愛する人ともう会えないなどとは思いたくないのです

辛い話が続くのですが、今日は阪神大震災の話です。
もう13年も前の話ですが、被災者の方たちの時間はまだきっととまっていることでしょう。
昨日のNHKのニュースウォッチ9で、崩壊をまぬがれた酒屋さんが、
被災者たちがお互いに元気づけあう場として酒場を開き、それが今も続いていると話を紹介していました。
そこに、自宅が崩壊し、隣室で寝ていた娘さんを亡くした田中武雄さんが出てきました。
そしてこう言ったのです。

家に電話して娘が迎えに来てくれたらうれしいよ。

この言葉って、本当に真実味があります。
もう13年もたっているのに、心底きっとそう思っているのです。
そしてそれが非合理だとかありえない話だとか、田中さんはきっと思っていないだろうなという気がしました。
その後、田中さんは「会いたいよ」と言って涙を拭きました。
田中さんの気持ちがものすごくよくわかります。
もしかしたら迎えに来てくれると本当に思ってしまうのですよね、田中さん。
そしてともかく会いたいのですよね。
もう会えないなどとは思いたくないのですよね。
田中さん、よくわかります。
そんな思いから早く抜け出ろよ、と言う人もいますが、
余計なお世話だと言いたいですよね。

田中さんはその酒場の常連です。
なぜ常連になったか。
そこで声をあげてみんなの前で泣いたのだそうです。
そして、そこにいた同世代の仲間が、ともかく抱きしめたのだそうです。
悲しみを分かち合えたのです。
そのことで、田中さんは立ち直れたのだと言います。
だれも元気を出せよなどとは言わなかったでしょう。
出るわけもないし、出す必要もないのです。
泣く時は泣けばいい、そんな簡単なことすらわからない人がなんと多いことか。
そのことにこそ傷つけられます。

人を慰められるなどと思ってはいけないなと改めて思いました。
それほど傲慢なことはないのです。
田中さんはとても良い仲間を持っているなと思いました。

ちなみに私も良い友人に恵まれています。
昨日もNさんが電話をくれました。
決して元気を出せよ、などとは言いませんでした。
電話で声を聞けてうれしかったといってくれました。
私もうれしかったです。

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