« ■節子への挽歌124:オスカー・ピーターソンと幸せの水準 | トップページ | ■節子への挽歌125:小林教授夫妻が心配して会いに来てくれました »

2008/01/04

■「戦略」という言葉

このブログの読者からメールをもらうことも少なくありません。
情報の発信は、まさに情報の受信とつながっています。
昨日のエコ・ウォーズの記事に関して、こんなメールをいただきました。
ブログを読んでいる人には、誰かがわかってしまいかねませんが、引用してしまいます。

本来無一物を書いていただいた老師とお話しするとき、つい経営戦略などという言葉を使い、戦略なんていう言葉を使うようではだめだと、よく叱られました。30年前で、私も若く、一生懸命弁解に努めていましたが、「戦いはいかん!」で、終わりでした。私たちは、安易に、外来語や比喩語を使いますが、言葉を創る努力、言葉を考える努力をしなければならないのではと、反省しています。言葉を考えるのではなく、言葉で考えてしまうので、つい、うわすべりになってしまいます。
「言葉を創る努力、言葉を考える努力」
心にグサッと響きます。
私自身、その姿勢が最近、希薄になっていることが気になっています。
言葉を使わずに、言葉に使われている自分に時々出会うのです。

毎朝、般若心経と光明真言を唱えだしてから4か月たちます。
時々、真言の力を実感したいという不心得な思いが心をよぎりますが、その度に、

「声発して虚しからず、必らず物の名を表するを号して字という。名は必らず体を招く。これを実相と名づく」
という空海の言葉を思い出します。
聞きかじりなので、いい加減な理解なのですが、声明が異次元の宇宙につなげるメディアだと思っているのです。
声に出すことの意味は大きいような気がします。

ところで、「戦略」という言葉です。
ハートフル・ソサエティの著者の一条真也さんが、その著書で

「経営戦略」という言葉の産みの親はドラッカーだとされている。
と書いています。
しかし、ドラッカー自身、軍事的色彩が濃い「戦略」という言葉が好きになれなかったそうです。
私自身は、この言葉を使い出したところに、大きな分岐があったような気がします。

一条さんは、ドラッカー経営学の体現者ですが、同時に日本文化の共感者でもあり、
大和言葉を大事にしていますし、自らの思いを込めた造語も少なくありません。
戦略も大和言葉に置き換えることもあるそうです。

日本構想学会で、戦略研究会なるものが発足しました。
私はメンバーではありませんが、周辺関係者として研究会のディスカッションには参加できることになっています。
ずっと気になっていた「戦略」について、改めて考えてみようと思っています。


|

« ■節子への挽歌124:オスカー・ピーターソンと幸せの水準 | トップページ | ■節子への挽歌125:小林教授夫妻が心配して会いに来てくれました »

企業時評」カテゴリの記事

経済時評」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/30899/17575371

この記事へのトラックバック一覧です: ■「戦略」という言葉:

« ■節子への挽歌124:オスカー・ピーターソンと幸せの水準 | トップページ | ■節子への挽歌125:小林教授夫妻が心配して会いに来てくれました »