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2008/02/09

■日本相撲協会の対応と「組織」の効用

時津風部屋の力士急死事件は、知れば知るほど驚きが増しますが、相撲界に通じている人のテレビでの話を聞くと、こうした事件は以前にも起きていた可能性が高いようです。
過去の事件を調査することも話題になってきているようですが、どう広がっていくのか、いささかの不安を感じてしまいます。
もし今回のような事件が、これまでもあったとすれば、相撲業界と暴力団はどこが違うのかわからなくなりかねません。

組織内での暴力行為は、これまでの多くの組織原理に内在する必然的な結果ではないかと思います。
最近、さまざまな暴力問題が顕在化しつつあります。
家庭内のDV、企業内のセクハラやパワハラ、あるいはメンタルヘルス問題や過労死など、これまで組織内で隠蔽されていた暴力行為(構造的暴力や精神的暴力も含めて)が社会問題化されてきているのは、情報社会といわれる社会変化のひとつの結果だと思います。
もっとも情報社会は次の段階に進むと情報管理の時代に入り、オーウェルやザミャーチンの描いた社会の到来になります。
このささやかなブログを通しても、そうした社会の傾向を私自身生々しく実感できます。
管理社会を推進していくのは庶民であることもよく分かります。
この問題はとても興味深い問題です。

最近の食品偽装の問題も、ある意味では組織内暴力行為の一つの現れです。
最近の組織の多くは「人を活かす」のではなく、「人を壊す」場になってしまっています。
主役は「人」ではなく、「組織」や「制度」で、人はそれらに使われています。

私は、組織を「一人では実現できないことを複数の人が集まって実現する仕組み」と考えています。
問題は、組織に関わる複数の人たちの関係です。
その人たちが、「集まった」のか「集められた」のかの違いと言ってもいいかもしれません。
最近の人々は、組織を「一人では実現できないことを複数の人を集めて実現する仕組み」と考えているような気がします。
もちろんそれも「組織」の一つのあり方です。
この300年の世界は、そうやってつくられた組織が主流になってきた歴史だったかもしれません。

いずれの組織にするかが、本当の意味でのコーポレート・ガバナンス問題だと思いますが、昨今のコーポレート・ガバナンス論は「集めた人たちの組織」が問題にされています。

話が広がりすぎていますが、組織には「実態を見えるようにする効用」と「実態を見えないようにする効用」があります。
これまでの組織は、後者の効用の上に組織を成り立たせていました。
しかしこれからは前者の効用を活かしていくことが大切でしょう。
そこから発想すれば、新しい組織原理が生まれ、企業不祥事がなくなるばかりか、組織は生き生きしてくるでしょう。
そうなっては困る人たちが、組織原理を変えないようにがんばっています。
その動きに一番加担しているのは、「集められた人たち」かもしれません。
そこにこそ「集められた意味」があるのです。

日本相撲協会の対応は社会の常識には合っていないように思えますが、実は近代の組織の常識には合っているのかもしれません。
この事件を契機に、私たちが属している組織のあり方に関しても、また組織との付き合い方に関しても、ちょっと考えてみるのもいいかもしれません。
生き方が変えられるかもしれません。

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コメント

> 主役は「人」ではなく、「組織」や「制度」で、人はそれらに使われています。

私が参加していたNPOの職員は不思議なことに、自らこの考え方を思い込み、
そして不満を漏らし続けるという状態で、いくらそうじゃないことをお話してもそこから脱却しようとはしない。

なので実体験から、佐藤さんの組織のお話はとてもよく整理されていていつも腑に落ちるのです。
どうもありがとうございます!

ところで気になったのが、世のかなり多くの計画は机上で空論を出し合うところから始まる行為だというのに、
「机上の空論」という言葉をまるで無意味なものであるかのように使う人たちの想像力の乏しさが残念です。

きっとそれぞれの行為や言葉に、どんな意味を想像することができているかで受け止め方がまるで違ってきてしまうだけなのに。
私は自分の狭い想像だけで安易に人を批判してしまうのが怖くて勉強やコミュニケーションを続けているようなものです。

佐藤さんの発想は独特のようでいて、私が先進的だと感じ希望をいただいている
他の何人かの思想家と通じるところが多く、とても勇気づけられます。
いつもありがとうございます!

投稿: yotu | 2008/02/09 15:14

ありがとうございます。

自分をさらけ出すことは弱みをみせることですが、
それがすべてのコミュニケーションの出発点だと思います。
しかし、今の時代はそれがかなりエネルギーがいることだということを、ホームページをはじめてから感じています。
しかし、そう感ずるのは、まだ自分が狭い世界に閉じこもっているからかもしれません。

人を批判することは、所詮は自分の弱みを見せることであり、自分を批判していることでもあると思います。
そう思うと、少しは気分が楽になります。

またコーヒーでも飲みに来てください。
湯島に時々出かけていますので。

投稿: 佐藤修 | 2008/02/09 15:52

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