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2008/02/16

■とれすぎ野菜格安作戦不発で思うこと

情報に関する記事ばかり書いていて、時評的なことを余り無かったので、今日はもう一つ書きます。
今朝の朝日新聞に、「とれすぎ野菜格安作戦不発」という記事が出ていました。
とれすぎて値崩れした野菜を廃棄せずに食品加工会社などに格安で販売する制度が今年度から始まったが、結局大半は買い手が付かず不発に終わったという記事です。
こんなことは現在の工業生産の仕組みを少しでも分かっている人なら最初からわかっていたことです。
「豊作が不幸をもたらす」という構造は、そもそもが経済の仕組みに起因していますから、こうした制度は混乱要素でしかありません。一見、何らかの効果が出ているように見えて、問題はおそらく悪化するだけでしょう。
ではどうしたらいいか。
答えは簡単なように思います。
視野を広げて、経済の枠を超えればいいのではないかと思います。
具体的にいえば、食糧が不足しているところに無償供与するということです。
ODAなども、資金供与ではなく現物供与に重点を移すべきではないかと思いますが、現物のほうがおかしな問題が置きにくいはずです。もちろん手間は大変で、コストもかかります、各論で考えればそうだとしても全体的に見れば無駄は無くなるように思います。
無償供与先は、海外でなくてもいいでしょう。国内の生活保護世帯や福祉施設への無償供与はできないものでしょうか。
つまり、狭義の経済の仕組みで解決するのではなく、政治や福祉の視点で考えるということです。

昨今の社会は、金銭ばかりで考えられていますが、金銭そのものには何の価値もないはずなのに、実体として価値のある野菜が、紙でしかない金銭に負けて廃棄されることに、おかしさを感じます。
野菜とお金とどちらが大切かという問題に対して、お金のほうだと考える私たちの発想の根幹が間違っているように思えてなりません。

発想を広げ、変えていく。
現在の社会問題の多くの解決には、そうした枠組みの見直しが必要な気がします。

これは何も、こうした大きな問題だけの話ではありません。
身近な問題解決に際しても、私たちは思考の枠組みや社会常識に囚われれ過ぎている気がします。
友人知人と話していて、いつもそう感じます。
もっと発想を自由にしたほうが、個人も社会も元気になるように思います。

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