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2008/02/05

■ネット社会の恐ろしさ

昨日、このブログへのアクセスが急増しました。
このブログは毎日200~300のアクセスなのですが、1000件を超えるアクセスがあったのです。
不審に思って調べてみたら、ニフティの「旬の話題ブログ」に選ばれて、ニフティのトップページで紹介されていることがわかりました。
紹介されたのは、挽歌編の「誰かに褒められたいからがんばれる」でした。
いささか不満ですが、それにしてもこうしたところに取り上げられるとこんなにもアクセスが増えるものなのですね。

不満と書きましたが、2つの意味でちょっと残念でした。
まずはよりによってなぜこの記事が得たばれたかです。
挽歌編はそもそも読者相手ではなく、自分に向けた鎮魂歌であり、私たち夫婦を知っている人にだけ読んでもらえればと思っています。
どうせ選んでくれるのであれば、時評編から選んでほしかったです。
ほとんどは独善的で意味不明かもしれませんが、時には我ながらよく書けたと思う記事もあります。
まぁ最近は不発が多いですが、それでも今回取り上げられた記事よりは読んでほしい記事はたくさんあります。
でもそれらはきっと面白くないのでしょうね。

2つ目の不満は、「いちげんさん」には私のブログは向いていないですから、真意を受け止めてもらえないだろうという気がすることです。
いちげんさんでなくとも、真意は伝えられていないかもしれませんが、まあ何回か訪ねてきてくれていれば、私の癖が分かってもらえるような気がします。
もっと簡単に言えば、本当は「いちげんさん おことわり」と言いたいところなのです。

このブログの時評版は中途半端です。
最近、私もいろいろなブログを読ませてもらい出したのですが、実にしっかりしたブログがたくさんあるのに驚いています。
私の時評などは所詮は思いつきでしかありませんから読んでもらうほどのこともないという気になります。
しかし、このブログの良さは、ゾーエとビオスの両方が見えていることと実際にいつでも会いますと素顔を見せていることだと思っています。
ですからいいかえれば、あんまりたくさんの人に一元さんとして立ち寄ってほしくないわけです。

1年ほど前に、一度同じようにアクセスが急増したことがありますが、その時もきっとどこかで紹介されたのですね。
しかし、そのアクセスは2日で元に戻りましたから、定着した人はほとんどいなかったわけです。私にとっては、全く意味のない事件だったわけです。

ネット社会の恐ろしさを少し実感した気分です。
ともかく「振れが大きい」社会なのでしょう。
その振れに振り回されている人も、きっといるのでしょうね。
ネット社会では、これまでとちがって非連続な状況になれていかないと駄目なのかもしれません。
私には向いていません。
困ったものです。

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