« ■節子への挽歌175:久しぶりの危うい話 | トップページ | ■節子への挽歌176:黄色い花はビタミン効果があります »

2008/02/25

■移りゆく現実と動かない現実

一昨日の朝日新聞の「夕陽妄語」で、加藤周一さんが、小田実さんが入院の直前まで、ホメロスの叙事詩「イリアス」の翻訳に取り組んでいたと書いています。
先日亡くなった評論家の高杉一郎さんも晩年に古代ギリシアに強い関心を持っていたそうです。
加藤さんはこう書いています。

高杉一郎と小田実。この2人の同時代人には共通の特徴があった。移りゆく現実に敏感な反応と、動かない現実(たとえば人間の条件)に対する深い洞察。
2人の場合、後者がギリシア文化への関心になっていたというのです。

移りゆく現実と動かない現実。それは対照的に在るようで、実は相補的に在るのだろうと思います。
加藤さんは、ギリシアの古代のどこが現代の発展に役立つかと設問したうえで、ギリシア神話にしばしば現れる、神と人間の争いの構造は、組織と個人が相対する現在の社会的現実に似ているからだといいます。
東北アジアには、そうした「古代」がないが故に、彼らは古代ギリシアに向かわざるを得なかったとも書いています。
これには異論がありますが、その前の対立構造に関する指摘にはとても共感できます。

移りゆく現実と動かない現実。
後者があればこそ、時代の動きが相対化でき、見えてきます。
移りゆく現実に乗ってしまえば、現実は見えなくなってしまいます。
人と人との対立と組織と個人との対立が、これに重なってきます。
加藤さんの文章からは、この両者が対応しているようにも読みとれます。

つまり、移りゆく現実としての人と人との対立、動かない現実としての組織と個人との対立という構図です。
この場合の「組織」の意味が問題ですが、とても示唆に富んだ指摘です。
古代ギリシアにおける神々の組織に代わる新たなる組織、あるいは「神々」が、いままさに生まれようとしています。

ギリシア神話では、神々との戦いは常に人間の敗北です。
新しい戦いにおいては、人間は敗北が避けられるのでしょうか。
小田実がどう考えていたのか、とても興味があります。
イリアスが描くトロイ戦争は神々の代理戦争ですが、それもまた示唆的です。
結局、戦うのは組織ではなく人間なのです。
組織は決して戦いません。組織はどれも深くつながっているのです。
それを忘れてはいけません。

|

« ■節子への挽歌175:久しぶりの危うい話 | トップページ | ■節子への挽歌176:黄色い花はビタミン効果があります »

社会時評」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ■移りゆく現実と動かない現実:

« ■節子への挽歌175:久しぶりの危うい話 | トップページ | ■節子への挽歌176:黄色い花はビタミン効果があります »