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2008/02/11

■岩国市民は米軍機を受け入れたのでしょうか

米軍再編計画への対応を争点にした昨日の岩国市の出直し市長選挙は、米軍空母艦載機移転を容認する新市長が当選しました。
76%という高い投票率でした。
思い出したのが、アメリカのネイティブに伝わるという「7代先の掟」です。
彼らは何か重要な問題を決める時に、7代先の人たちにとって良い結果をもたらすかどうかを基準にするといいます。

7代先はともかく、岩国の人たちは自分たちの子どもや孫のことを考えて、この決断を下したのだと思いますので、その結果を部外者である私がとやかく言う資格はありませんが、反対を唱えていた前市長との票数が僅差だったことがとても気になりました。
決断が難しかったことを感じますが、補助金などをちらせながらの政府や経済界の働きかけが容易に想像されますので、それが気になるのです。
移転反対なら新市庁舎建設金の補助金も交付しないという国のやり方には、何が何でも強行採決という政府与党と同じ姿勢を感じます。
「お上」の発想です。
それがどうも気になります。

一昨年、補助金問題が出る前の住民投票の結果は、移転受け入れ反対でした。
それに対して国がやったのは補助金停止でした。
お金で考えを変えさせる文化の広がりには恐ろしさを感じます。
格差社会づくりは、そうしたこととつながっています。

国策に抗うことは、大きなエネルギーを要求されます。
情報量も資金量も全く違うからです。
同じ国策に関わる与党と野党の間でもそうですから、国と自治体の構造でいえば、その格差は明らかです。
自治体は、所詮は国家から「分権」された下部機関でしかありません。

大阪府の橋下知事は、岩国市の住民投票について、「国の防衛政策に地方自治体が異議を差し挟むべきでない」と批判したそうですが、自治体の知事がこういう発想なのですから、推して知るべしです。
お金万能で育った世代、つまり権力依存世代が社会の中心になって来ているのです。
しかし、住民投票を否定して自治は成り立つはずがないと私には思えます。

今回の選挙は、岩国市民だけの話しではなく、私たちみんなの話かもしれません。
日本の社会の構造と方向が象徴されているような気がしてなりません。
何もしなかったことを悔いています。

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