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2008/02/23

■「横浜事件」に関する最高裁の姿勢への失望

戦時下最大の言論弾圧事件とされる「横浜事件」の再審は、最高裁での弁論が開かれずに、結局、上告が棄却され、有罪か無罪か判断せずに公判を打ち切る「免訴」とした1、2審判決が確定する見通しになったと今朝の新聞が報じています。
横浜事件に関しては、2審判決の時にこのブログでリーガルマインドの感じられない無機質さに昨今の司法の本質を見ると批判しましたが、それでも最高裁への一抹の期待が在りました。しかし、それも期待はずれだったようです。

冤罪論争や検察の暴挙が問題になっていますが、そうしたことの根っこがこの事件にあります。
この事件をしっかりと検証し議論することの意味はとても大きいように思いますが、最高裁はそう考えなかったわけです。
手続き的な正当性は吟味しても、当事者たちの人間的な思いには関心がないようです。
免訴になっても、補償はできるからというような話もでてきていますが、当事者にとってはお金の問題ではありません。
そうした当事者たちのいたみを、最近の司法界の人たちは考えもしないようです。
しかし、法の適用は論理の問題ではなく、倫理の問題なのではないかと思います。
倫理不在の論理の展開は責任回避でしかないからです。

司法への批判が高まっていますが、それに対してどうしてもっと司法界は立ち向かおうとしないのでしょうか。
司法改革を標榜している弁護士会から、もっと声が上がってこないのも不思議です。
弁護士は自分が関わらない事件には、口を閉ざすのがルールなのかもしれませんが。

この問題の意味を、私たちはもっとしっかりと考えなければいけないように思います。

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