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2008/02/13

■統計データのまやかし

話題の「10年間・59兆円の道路計画」は、2002年の交通量の推計値を基に作成されたそうです。
民主党議員の追及(その需要予測を下回る最新データの存在を指摘)に対して冬柴大臣は「(最新のデータは)まだ途中段階のもの。我々は完成した最新のデータで(道路計画を)作っている」と述べたそうです。

これはあまり大きな話題にはなっていないようですが、その意味はとても大きいように思います。
どのデータを使うかによって、実は先行きの見通しは「いかようにも」変えられます。
データでの説明は、さも客観的・科学的に見えますが、まやかしが入りやすい世界でもあります。
しかも、これまでこの種のデータは官僚がほとんどおさえていました。
官僚の力の源泉のひとつが、このデータ独占でした。
彼らは自分に都合のよいようにデータを編集して自説を合理化してきたのです。

近代国家の権力体制を構築する上で、統計学の果たした役割は極めて大きかったことはよく言われます。
統計学は、一見、政治のにおいのしない客観的学問のように考えがちですが、統計学こそ政治学の起点だったといってもいいでしょう。

民主党議員には、恣意的にデータ操作する官僚文化をもっと攻めてほしかったと思います。
そして、その官僚文化に乗って、手玉に取られている政府の議員にも、その事を気づかせてほしかったと思います。

もっともらしいデータが出てきたら、私はまずその言説を疑うようにしています。
多くの場合、そのデータは、逆に読めることも少なくありませんから。

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