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2008/03/11

■自治体の裏金も表金にしたら輝き出すのではないでしょうか

大阪市の巨額な裏金が問題になっています。
この数年、中央官庁や自治体の裏金が問題になっていますが、おそらくこれは「個人の犯罪」というよりは、「組織の文化」というべきものがほとんどのような気がします。
議会の了承を得て、正規の予算として使途する資金の他に、首長や業務責任者が独自の判断で使える予算を持つことは、流動的な現実への柔軟な対応として意味のあることではないかと思います。
問題は、その存在を「見えないようにしておく」ということです。
私もそうした事例はいくつか垣間見ていますが、それが悪いとはあまり思っていませんでした。
今にして思えば、その感覚が問題なのでしょう。
首長が自由に決済できる資金こそ、公開にすべきです。

市町村合併を前に、そうした「隠れ資金」を使いきろうとしていた状況も、いくつかの自治体で見聞しています。
その時はさすがにおかしいと思いましたが、深くは考えませんでした。
市町村合併で生じたさまざまな無駄に比べれば、小さなことだと思っていましたので。

しかし、ここまで巨額な「隠された資金」があるとなると、これは組織の病理につながる問題です。
結局は自らを滅ぼすことになりかねません。
私もNPOに対する資金助成プログラムの事務局長をやっていましたし、各地のまちづくり活動にも関わっていましたが、「お金」が入ってきたために駄目になってしまう活動や組織は少なくありません。
ですから私が事務局をやっていたプログラムでは、わずかなお金の助成で、しかもお金の使い方の相談にも乗るというスタイルを大切にしていました。
そのおかげで、そこで培われた「つながり」は、いまも続いています。

お金は使い方によって、両刃の剣のように作用します。
それに、ある額を超えると個人では対抗できなくなりかねません。
大阪市の裏金は個人の管理能力を超えています。
ですからきっと最近の関係者のほとんどは、「被害者」になっていたのかもしれません。
多くの組織にもきっと似たような状況があるように思いますが、そうした資金の存在を公開していくことで組織は元気を回復するはずです。

「裏金」は、たぶん「裏」にあるから問題なのであって、「表」に出せば、生き生きと良い効果を発揮するのではないかという気もしています。

「裏金」を活かす仕組みが必要です。
組織の中ではかなり知れ渡っていることが多いと思いますので、「裏金」を「表金」にする仕組みをみんなで考えたら、きっといい解決策が出てくるはずです。

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