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2008/03/22

■信用できない社会の逃げ場

昨日、発表された朝日新聞の「政治・社会意識基本調査」の結果は非常に興味深いものでした。
政治家や官僚を信用している人が1%(ある程度信用している人を含めても20%)というのは恐ろしい数字だと思いましたが、その一方で、家族への信用度がしっかりと残っていたのにホッとしました。
だが、よく読んでいくと、待てよという気がしないでもありません。

調査では、信用する対象が多いことと生活満足度や心のゆとりが比例関係にあるという結果が出ています。
どちらが原因でどちらが結果なのかは一概には言えません。
信用する人や事、機関が多い人ほど、ゆとりを持って満足度の高い生活を過ごせるとも考えられますが、心にゆとりがあって、生活に満足している人ほど、周りを信用する余裕があるともいえます。

ところが、生活に満足している人が5割を超えているのに、そして幸せだと思っている人が8割近くいるのに、なぜか「今の世の中には信用できない人が多い」という人が64%もいるのです。
正の相関はしていても、水準が違うのです。
雑な推論になりますが、上記の因果関係の方向性は、どうも前者のようです。
つまり、生活に満足しているからと言って信用度が高いわけではなく、信用度が高い人のほうが満足しやすいというだけの話です。
なにやらややこしいので、この推論は自信がありませんが、少なくとも生活に満足しているのに、信用度が低い人が多いことは確かです。
信用できない人の中で暮らすのは辛いことではないかと思うのですが、どうもそれほど辛くはないようです。
この点にこそ、現代の日本社会の本質があるような気がします。
つまり自分たちの世界に閉じこもっていればいいということです。
その延長で、家族への期待が大きくなっているのであれば、あまり楽観はできません。

ソーシャル・キャピタル論の契機にもなった、ボーリングを一人でやるアメリカ人が増えたという話を思い出しました。
家族が社会の逃げ場になっては困ります。
家族の問題を改めて考えていくべき時期に来ているように思います。

それにしても、たくさんのメッセージのある調査結果です。

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