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2008/03/17

■節子への挽歌197:高知の宅老所から文旦が届きました

節子
この頃、いろいろな人からまた手紙や電話が来ます。
その都度、節子に報告していますが、ちゃんと聞いてくれていますか。
聞き届けたら、何か確認の合図をしてもらえるとうれしいです。
一番簡単なのはろうそくの火を大きくゆらしてくれることです。
がんばって試みてください。

高知県の四万十市のNPO、高知介護の会の豊永美恵さんから文旦が届きました。
豊永さんとはコムケア活動で5年ほど前に知り合いました。
その地域に残っている幡多昔むかし祭りを復活させたいという思いを、ささやかに支援させてもらったのです。
お祭り当日、私も参加させてもらいました。
そこで宅老所「えびす」の高齢者の方々がつくった豆腐料理や伝統食のさわち料理をご馳走になりました。
まちづくりやコミュニティケアに対する考え方が大きく変わることになる体験をさせてもらったのです。

節子に話したら、手づくりケーキを贈ろうということになりました。
当時はまだ元気だった節子は張り切ってパウンドケーキなどを作り、送ったのです。
当時、その宅老所の事務局長だった豊永さんが、みんなとても喜んでくれたと電話をくれました。

幡多昔むかし祭りは今では地域行事として定着しました。
毎年、その季節になると豊永さんから、今年こそ奥さんと一緒に来てくださいと電話か手紙が届きました。
四国に行ったことがなかった節子は行きたいといっていましたが、私の時間が取れずにいつも実現しませんでした。
そしてそのうちに、節子が病気になってしまったのです。
後悔先に立たずです。

昨年、また豊永さんから手紙がきました。
節子のことを伝えました。
この数か月、こうした悲しい手紙を何通書いたでしょうか。
書くたびに、その手紙を受け取った人の困惑を考えて躊躇するのですが、結局はいつも送ってしまいます。
相手には迷惑だろうと思いながらも、節子のことを知ってほしいと思ってしまうわけです。
昨日もある人から、「その後、奥さんはいかがですか」とメールがきました。
まだまだ節子のことを知らない人が少なくないのです。
その人は、節子もよく知っていて、「明るいし、いつも気配りがある人ね」といっていた人です。
先週、北九州市から来てくださった山下さんもその一人です。
節子は本当にみんなの心の中に、少しでしょうが、思いを残しているようです。
伴侶の私としては、とてもうれしいです。

いつか元気が出てきたら、四万十市の宅老所「えびす」も訪ねたいと思う一方で、果たして一人で訪ねられるだろうかと不安です。
コムケア活動やまちづくり活動に取り組んできたおかげで、全国各地に友人知人がいますが、70歳になったら節子と2人で全国行脚をしたいと思っていました。
だからそれまではあまり行かないでいようと思っていたのです。
それが裏目になってしまいました。

節子
宅老所「えびす」の元気なおばあさんたちとそちらで会っているかもしれませんね。
コムケアの佐藤修の妻だといえば、喜んでくれる人もいるかもしれません。
目印は、ともかく元気で明るいおばあさんたちです。
いや、まだそちらには誰も行っていないかもしれませんね。
失言してしまいました。はい。

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