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2008/03/21

■節子への挽歌201:挽歌1000回継続宣言

節子
あなたへの挽歌も、もう200回を超えました。
いつまで書くことになるのでしょうか。
一時は「時評編」よりも読者が多かったこともありますが、最近は時評のほうの読者が多く、この挽歌編はノイズになっているかもしれません。
そもそも時評と挽歌という、全く異質の記事が混在している、このブログはきっと読者には違和感があるでしょうね。
例えば、グーグルで「9.11事件の真実」や「カーボンデモクラシー」を検査すると1枚目にこのブログが出てきますが、そこに突然、挽歌が登場するわけですから、検索者は驚きます。
もっとも、それが縁でこの挽歌を読んでくれた人もいます。

前にも書きましたが、生きている個人の情緒的な思いの時評を意識していますので、私の時評は論理的でも客観的でもありません。
そうしたものには私自身全く興味のない人間です。
ゾーエとビオスの絡みあいにこそ、このブログの意味があるので、本当はいずれをも読んでほしいのですが、いずれの記事も長いので、読者はそうそう付きあってもいられないでしょう。
しかし、このスタイルをもう少し続けようと思います。

節子や私を知っている人のなかには、このブログの挽歌編をプリントアウトして読んでくれている人もいます。
プリントアウトも大変だと思うので、総集編をCWSコモンズのほうに掲載しています。
しかし、冗長に書きすぎたため分量が多くなって印刷費用がかかりそうです。
困ったものです。

そういえば、先日、千葉の根本さんが記事を読んでメールしてくれました。
金魚が泣いたら地球が揺れた」という詩の話には「爆笑」したと書いてありました。
この詩はランボーやアポリネールの作品にも勝るとも劣らない私の自信作なのですが、節子に理解されなかったのは当然だと根本さんはいうのです。
いやはや、困ったものです。
今度、その詩を書いておいた詩集を探し出して全文を書くことにします。
そうしたら評価も変わるかもしれません。

根本さんに、この挽歌は少なくとも1000回は続くから付き合うのは大変ですよと返信しました。
根本さんのことですから、まじめに読み続けかねません。

生きる意味はなんだろうという問いにはまだ答は出ませんが、
とりあえず、この挽歌を書き続けることを私の「生きる意味」にすることにしました。
「節子のために生きる」という生き方は変えなくてすみます。
なんだかとても小さな人生になりそうな気がしますが、まあ、それもいいでしょう。

そんなわけで、今回は挽歌1000回継続宣言です。
節子、
したがってまだ3年くらいは、そちらに行けません。
待ち遠しくなったら、節子の方から現世に戻ってきてください。
いつでも歓迎です。

これまでの「妻への挽歌」

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妻への挽歌02」カテゴリの記事

コメント

最近、「死にたい」という若い人が急増しているように感じていますね。
裏を返せば、それは、「生きたい!」「生きる意味を知りたい!」という心の底からの叫びなのかもしれません。

人は一体、何のために生きているのでしょうか。
人はどこから来て
何のために、勉強し、働き、生きて
どこへ向かっているのでしょうか。
なぜ、人は孤独なのでしょうか。
愛とは何か、生きる意味、死とは何かなどのことについて、ブログで分かりやすく聖書から福音を書き綴って来ました。
ひまなときにご訪問下さい。
http://blog.goo.ne.jp/goo1639/

「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」(聖書)                   

★私のブログから----------。
「生きる目的は一体何か」
http://blog.goo.ne.jp/goo1639/m/200705

投稿: 春目漱石 | 2008/03/21 13:52

春目さん
ありがとうございました。

コメントは読ませてもらい、サイトも見せてもらっていたのですが、書き込みが遅くなりました。
私的にばたばたしてしまっていました。

生きることの意味をもっとみんなが意識できるといいと、心から思います。
聖書から気づかされることも多いです。
ありがとうございました。

投稿: 佐藤修 | 2008/04/28 11:11

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