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2008/03/08

■節子への挽歌188:残された者の償い

節子
私の大学時代の友人のOSさんから手紙をもらいました。
彼は私が信頼する数少ない弁護士の一人です。
考えはもちろん違うと思いますが、誠実さがにじみ出ている人です。
大学卒業以来、久しく会っていませんでしたが、4年ほど前に再会しました、

その時の印象が、実は何ともいえないものでした。
一言でいえば、明るさと誠実さの奥に孤独な陰を感じたのです。
それは私自身が持っている陰が、素直な彼の心に反射しているのかもしれないと、その時は思いました。

彼のことは節子に話したことがありませんでした。
大学時代、私も彼とはほとんど付きあいがありませんでした。
しかしはっきりとその存在が心に残っている人でした。
彼の純粋さや誠実さは、話をしなくてもきっとまわりにオーラを放っていたのでしょう。

後日、彼から1冊の本が送られてきました。
私に関心のあるテーマの本でした。
彼のすさまじいほどの仕事振りが伝わってきました。
敬意を感じました。

そのOSさんから手紙が来たのです。
最近、彼から依頼のあったハンセン病関係の署名活動にささやかに協力した礼状でした。
しかし、そこに書かれていた内容は思ってもいないことでした。
涙が止まりませんでした。

私は丁度10年前に妻をガンでなくしました。
闘病生活は4年近いもので、大変な試練でした。
私は貴兄と違って、よい夫ではありませんでした。
発病と知ったときから精一杯のことをしたようにも思いますが、それで償いができたとは思いませんでした。
罪ほろぼしのつもりで、追悼文集をつくり、親しい方々に送らせていただきました。
そのときから私の人生観はかなり変わったように思っています。
今は一人暮らしです。
これからどう生きようかと毎日考えています。
どうも自分のことを書いてしまってすみません。
あの時の陰はやはり彼からのメッセージだったのだと思いました。
そしてその闘病時代に彼は社会的な使命を果たすための激務を果たしていたことを知りました。
「大変な試練」「償いができたとは思いません」
その言葉の意味を痛いほど感じました。
涙が止まらない理由がわかってもらえるでしょうか。
また涙が出てきてしまいました。
すみません。
この続きは、明日書きます。

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