■節子への挽歌206:初めての単身赴任
昨日の続きを書きます。
昨日書いた友人からのメールで気づかされたことがあります。
「僕の想念の中では、幾度となくお会いしていて、お話していて、お世話になっている」という文章です。
私にもそういう人が少なからずいます。
あの人ならどう考えるだろうか、あの人はきっと喜んでくれるだろうな、あの人がもう少し前に進めといっている、というような「声」を聴くことがあります。
もう亡くなってしまった方もいますし、全く会う機会がなくなった方もいます。
その一人が節子なのだと、このメールを何回か読み直して気づきました。
彼が、20年も会うことなく、私と想念の中で会っているのであれば、そしてまた彼が私の想念の中で生きつづけているのであれば、節子もまた私の想念の中で生きつづけ、私と会い、話し、私をケアしてくれる存在であり続けられはずです。
私には単身赴任の経験はありませんが、単身赴任と考えればいいわけです。
彼女を抱きしめられない寂しさは残りますし、彼女をケアしてやれない哀しさは残りますが、それもまあほんの暫くの我慢かもしれません。
間違いなく来世では会えるのですから。
嬉しいこと、辛いことがあると、節子の位牌の前で報告し、今でも苦楽を共にしています。時に、なんでおまえはいなくなってしまったの、会いたいよ、と愚痴をこぼすこともありますが、節子の前で口に出すと気持ちが楽になります。
節子はいまや、
「生きていようといまいと価値のある実在」になっているのです。
そのことにやっと気づきました。
SYさん
ありがとう。
早く空を見に湯島に来てください。
もっともあなたの時間感覚は私と同じで、全く物理的な時間ではないので、私の「単身赴任」中には会えないかもしれませんが、まあそれもまたいいでしょう。
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