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2008/04/14

■国家による情報操作

聖火リレーの報道に関して、中国のテレビ放送の報道と日本の報道との違いは興味深い材料を提供してくれました。
実況報道の場合は、画面と音声を消去したこともあったようです。
北朝鮮と全く同じです。
しかし、おそらくこれは北朝鮮や中国だけの話ではないでしょう。
日本においても、程度の差はあれ、同じことが行われていると考えるべきでしょう。
事実、それを疑わせるような事件もあったような気がします。
それは、国家、もっと一般的ないい方をすれば、組織の特徴かもしれません。
こんな原始的なやりかたで情報操作が行われているわけです。

こうしたことを見せられながらも、私たちは相変わらず自国の政府が提供する情報を信頼する傾向があります。
それは何かを判断の根拠にしなければ生活していけないからです。
そうであれば、自国の政府の提供する情報に従うのが一番好都合です。
論理的に正しいと言うわけではありませんが、ほとんどの人はそう思っているはずです。
私自身も政府や組織に批判的な論を展開していますが、どこか心の奥では、政府に対する安直な信頼感があることを否定できません。
そうでなければ、生きていけない面もあります。

フランス革命も、結局は恐怖政治に陥ってしまったように、多様な価値観を束ねていくことは、一歩間違えば不幸な結果に陥りやすい危険性を持っています。
ですから、たとえ間違っていようと、あるいは嘘であろうと、それを国民みんなの共通の前提にする擬制が必要なのかもしれません。
もしかしたら、それが「最大多数の最大幸福」につながる一つの道なのかもしれません。

なにやらいつもと違う論調なのですが、そんな気がしてしまうほど、最近は陰鬱です。
野生より家畜のほうが豊かな生活を送れるかもしれません。
時にはデモも許されるのですから。

しかし、聖火リレーの火はいとも簡単に消せるのには驚きました。
チベットの火も、あれくらい簡単に消せると思っている人もいるのでしょうね。

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