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2008/04/26

■出るをもって入るを制する

西部劇にはよく「おれが法だ」というボスが出てきます。
無法地帯だった西部には、法を語る権力者が生まれる素地があったのでしょう。

ところが、それと似た状況が今の日本にあります。
自民党の面々は、政府こそが法だといわんばかりの暴政を展開しています。
弱者がやっと手に入れた抵抗権を使えば、権力の乱用と非難します。
自分の思いが通らなければ社会に混乱を起こすといい、自分が起こす混乱は何も言いません。
税収入が少なくなり、無駄遣いができなくなれば、増税します。
弱者からは絞る取れるだけ搾り取ります。
たとえ自殺者が出ようと、一言もコメントしません。
これがいまの日本の政府のやり方のように見えて仕方がありません。

どんな暴政下でも、人々は生きなければいけません。
現場は身を粉にしてがんばっていますが、なかなか報われません。
個人の場合は、収入がなければ節約します。
「入るをもって出るを制する」わけです。
しかし政府は違います。
収入が減ってはならないのです。
「出るをもって入るを制する」わけです。
まさにパーキンソンの法則は守られています。

もっとおかしなこともあります。
会社に不祥事があれば、過去の不祥事であろうと現在の経営者が責任をとり、辞任します。
政府はどうでしょうか。
たくさんの人の生命に関わる事件を犯しても、巨額な税金を使い込んでも(使い込み続けていても)、誰も責任を取りません。
行政の長が政府であることは忘れられ、官僚と政府は敵対関係にあるようなイメージを巧みに作り出しています。
次々と明るみに出る、行政の不祥事を管理してきたのは歴代の自民党政府です。
相変わらず放任している首相は逮捕もされず、辞任もしません。
ルイ16世やマリー・アントワネットはうらやましがっていることでしょう。

不思議な時代になりました。

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