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2008年5月

2008/05/31

■節子への挽歌272:節子は箱根が大好きでした

節子
今朝は箱根での目覚めです。
節子は箱根がとても好きでした。
ここにはたくさんの思い出が詰まっています。
いろいろな人たちと来ましたし、私たち2人だけでも何回も来ました。

今回宿泊したのは強羅ですが、ここにはしかし、あまりいい思い出はありませんね。
桜の終わった殺風景な強羅公園や瑣末なことでの夫婦喧嘩で途中で出てしまった彫刻の森。
いずれもあんまり楽しい思い出ではありません。

節子がいなくなってから箱根に4回泊まりました。
いずれも仕事関係の合宿です。
私は合宿のアドバイザー役ですので、数時間付き合えばいいので、その気になれば箱根を楽しむ時間はとれるのですが、その気に全くなれません。
おそらくどこに行っても、あなたとのことを思い出してしまうからです。

実現できなかったこともいくつかあります。
駒ヶ岳から鎌倉古道まで歩いて下山するのも実現しませんでした。
箱根水族館にも私がいつも反対したために入館できませんでした。
ツツジの時期に山のホテルに泊まることもありませんでした。

ガラスの森が節子には一番思い出があるかもしれませんね。
私とは2回しか行きませんでしたが、いろいろな友人たちとあなたは行きました。
最後に若い頃の親友たちと行った時の話をいつも楽しそうにしていたのを思い出します。

節子はいろんな人を箱根に案内するのも好きでした。
でももう案内できなくなってしまった。
私も、節子のおかげで箱根はかなりいろいろなところに連れて行ってもらいました。
でももう案内してもらえなくなりました。
いつか娘たちともう一度だけ箱根に上ろうと思いますが、彼女たちが一緒でなければたぶんもう2度と箱根には行けないでしょう。

箱根の恩賜公園で、目の前の富士山を見ながら、節子が歌を詠んだことがあります。
節子はそういう遊び心がありました。
しかし私にはそういう遊び心が不足していました。
節子の歌は面白がりましたが、自分では歌を詠む気にはなりませんでした。
節子はまたスケッチもしましたし、落ち葉を拾ってはそれをいろんなところで効果的に活かしました。
あなたは私よりもずっと文化人でした。
私と違って、生まれながらの感性の文化人でした。
私は小賢しい頭だけの文化人だったのかもしれません。

節子との40年は、本当に豊かで楽しい40年でした。
波も風もありましたが、それこそが人生の豊かさなのでしょう。

今日は節子が大好きだった湯河原の部屋に泊まる予定です。
一人で泊まれるかどうか、まだ不安ですが。

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2008/05/30

■節子への挽歌271:節子のいない誕生日

節子
私もとうとう67歳になりました。
私自身には誕生日を祝う文化はないのですが、今年は節子がいないせいか、逆に自分の誕生日を意識していました。
おかしな言い方ですが、これからは誕生日を迎えるごとに、節子の世界に近づけるわけですから、めでたい節目になるわけです。
かなり屈折した言い方に聞こえるでしょうが、それがとても素直な気持ちなのです。

今年の誕生日は、実は自宅でないところで迎えました。
箱根のホテルです。
といっても旅行ではなく仕事の関係の合宿です。
一人だけの誕生日です。
もしかしたら初めてかもしれません。
いつも節子が隣にいましたから。

人の誕生日を祝う発想はどこから生まれたのでしょうか。
わが家でも子どもたちが小さな時は、ケーキを作りプレゼントもしました。
その名残りは今も続いていますが、たぶん子どもたちが学校を卒業する頃までがみんなで祝う特別の日でした。
無事に1年を過ごし、自立に近づいたことを改めて確認しあう場だったように思います。
しかし子どもが大きくなれば、その意味は少なくとも私にはなくなってしまいました。
家族には悪いことをしたかもしれませんが、私にはそもそも誕生日を祝う文化がないのです。

今の私のように高齢者になった時の誕生祝はどういう意味があるのでしょうか。
元気で67歳を迎えられたことを祝うのでしょうか。
きっとそうなのでしょうが、私にはそういう文化が全くありません。
私の関心事は、前にしかないからです。
まもなく節子の世界にいけるかもしれない、それに1年近づいたことを祝うと考えれば、私にも誕生日は意味を持ってきます。
しかしそれはきわめて個人的な喜びであって、みんなで祝うのはふさわしくありません。

いささかふてくされた物言いですが、まあ一言でいえば、人生の節目も伴侶がいないと祝えないものだというだけの話かもしれません。
もし伴侶さえいたら、それこそどんな口実をつけても祝えるはずです。
私があんまり特定の日を祝う文化を持っていなかったことを節子はどう思っていたでしょうか。
いささか悔いを感じます。

節子と出会えて、彼女から最初にもらった誕生日のプレゼントは何だったのでしょうか。
私には全く思い出せません。
そもそも私にはプレゼントの文化もないのかもしれません。

私にとっての人生唯一のプレゼントは、節子への愛であり、節子からの愛でした。
先日、わが家に来てくれた東さんの言葉を思い出しました。
「40年間、これほど愛する人と一緒にいたのですから、佐藤さんは幸せですよ」
私には毎日が祝いの日だったのです。
さて、明日からまた1年、彼岸に向けてしっかりと生きなければいけません。

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■クラスター爆弾を持っていることの是非

クラスター爆弾全面禁止に日本も合意する方向に動き出しました。
私には当然過ぎるほど当然なことなのですが、国家防衛の視点からは異論もあるようです。
クラスター爆弾禁止に異論を持つような「国家防衛」とは、いったい何なのだろうかと思いますが、「防衛庁の常識」ではその異論もまた当然なのでしょう。

狭い世界に閉じこもっていると常識は恐ろしいほどに特殊化するものです。
船場吉兆と防衛庁は同じような状況なのだろうと思います。
いえ、防衛庁に限りません。
ほとんどあらゆる組織が、そうした状況に陥る必然性を持っているのです。
社会の組織原理そのものから見直すべき時期にきています。
組織は「閉じるもの」ではなく、「開くもの」というパラダイム転換が必要です。

ところで、私自身は、クラスター爆弾を現在自分の国が持っていること自体に大きな違和感があります。
憲法9条とはいったい何なのか。

私の知人が大麻を所持して逮捕されました。
大麻とクラスター爆弾と、どちらが危険でしょうか。
そういう問題ではないといわれそうですが、なぜそういう問題ではないのか、みなさん、考えたことはありますか。
私たちは、もっとすなおな疑問を持ち続けるべきだろうと思います。

私はひ弱な人間なので、争いは好みませんが、そのひ弱さをカバーするために武器を持ちたいとは思いません。
自分の家に拳銃や爆弾は持ちたくはありません。
第一、そんなことで私の家族の生活が守られるはずがありません。
警察官にさえ、拳銃を持ってほしくないと思いますが(持っていても多分有害無益なだけでしょうから)、自衛隊にも武器は持ってほしくないです。
武器が抑止力になり時代は終わっていますし、仮に抑止力になるとしても持つべきではないと私は思います。
クラスター爆弾を持っている政府に統治されているのかと思うと、ぞっとします。

クラスター爆弾と憲法9条。
日本は不思議な国です。

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■過去の記録を消す

今日は私の67歳の誕生日です。

私はたくさんのものに囲まれて生きています。
「本来無一物」に共感しながらも、捨てられずにいます。
すべて捨てたらどんなにすっきりするだろうかと思いながらも、いざ捨てる段になると、いつも未練が出てきます。
所詮は、私も物欲のかたまりなのかもしれません。

時々、パソコンのデータをすべて消去したら気分がすっきりするだろうなと思います。
パソコンデータの消去は実に簡単ですので、その衝動に見舞われることもあります。
しかし消去できないばかりか、実際にパソコンが故障し、それまでのデータの大半を失いそうになった時などはあわててしまいました。
そのため、最近はこまめにバックアップしているのが実状です。
どうも私は自分の思いとは反対に、過去にしがみついているのかもしれません。

メールの記録もなかなか削除できず、3000件ほどの受発信記録が残っています。
ちまじました話ですが、今日、今年の4月以前のメールを削除することにしました。
66歳までのメール記録はほとんどなくなりました。
削除をクリックした時の気分は爽快でした。
この程度で爽快になれるのですから、私も幸せなものです。

人間の思考や情念も、こんな感じで意図的に削除できるともっと生きやすくなるでしょうね。
しかし、意図的に削除しなくても、私も徐々に記憶を思い出せなくなるでしょう。
今でも人の名前がなかなか出てこなくなりました。
思い出せなくなるのは、きっと意味があるのでしょう。
パソコンが定期的にクラッシュするのも意味のあることかもしれません。
そうであれば、パソコンの情報やデータも、徐々に消去していくのがいいのかもしれません。

そんなわけで、これを皮切りに、いろいろものやことを捨てていくことにしました。
もしかしたらいろいろと不都合が出てくる恐れもないわけではありませんが、お許しください。

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2008/05/29

■マスコミが報道すべきこと

最近のマスコミ、とりわけテレビのニュースや情報番組は、猟奇的な事件や企業不祥事の詳細な報道が増えています。
そうした報道にどのような意味があるのか疑問を感じます。

報道は単に「事実を伝えること」ではありません。
「意味を伝えること」でさえなく、「メッセージすること」です。
報道の中立性といわれますが、報道は志向としての中立性はあるとしても、実際には中立性など持てるはずがありません。
どの事件を取り上げるか、どの画面を選ぶか、どのくらいの時間を当てるか、つまり「編集」の仕方で伝わる意味は全く変ります。
そしてそれこそが最大のメッセージであり、伝わるものの「主観」でしかありません。
形だけの中立性や客観性などを意識すればするほど、主観的な意味のない報道になります。

テレビが取り上げるべきことはもっとたくさんあるはずですが、
最近のテレビはなぜかほとんど情報価値のないことばかりを選びます。
その「意味のない事件」を詳細に突っつくことに努力しますが、多くの視聴者はそんなことなど期待してはいないように思います。

どんなニュースを取り上げるかで、テレビ局や新聞社の意識が見えてきますが、
最近のマスコミは平均的な人たちよりも、ずっと世界は狭く、知性は浅いように感じます。
それに、想像力があまりにもありません。
もう少し世界を広げ、考えを持ってほしいです。

本当にテレビも新聞も退屈になってきました。
時代の変わり目であればこそ、マスコミの役割は大きいのではないかと思うのですが。

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■節子への挽歌270:時間の癒し

一昨日、安達太良山のことを書きましたが、最後に「もう安達太良山に登ることがない」と書きました。
節子さんと一緒に登ったらいいのに、という人がいました。

節子がいなくなってから、私は娘たちにこう話したようです。
節子と一緒に行ったところは、もう二度と行きたくない。
そして、別の時に、こうも言ったそうです。
節子が行かなかったところには、一人では行かない。

要するに、もうどこにも行きたくないと言明したと娘が言います。
そのいずれもが私の正直な気持ちですが、しかしそれではどこにも行けないことになります。

節子と一緒に行こうと決めていたところがいくつかあります。
その一つが、安達太良山でしたが、ほかにもあります。
たとえば、山形の山寺です。
山形市にはよく通っていましたので、山寺に行くチャンスは何回もありましたが、ここはぜひとも節子と一緒に参拝したいと思っていたのでずっと避けていました。
節子がいなくなったいま、もう行くことはありませんので、今生ではついに行けずに終わるでしょう。
おそらく行けば、辛い思いをすることになるでしょう。
まあ、来世があるでしょうから、どうということはありません。

でも節子さんはあなたの心身に一体化していて、一緒に行きたいと思っているかもしれないという人がいます。
最近、そうかもしれないなと思うようになってきました。
これが「時間の癒し」でしょうか。
時間が癒すことなど絶対ないと断言していましたが、最近は少し揺らいでいます。

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2008/05/28

■消費者庁への期待と懸念

消費者庁新設が議論されています。
産業起点ではなく、消費者起点で行政に取り組むところができることは歓迎すべきかもしれませんが、どうも期待を持つ気分にはなれません。
新しい流れを生み出す契機になるかもしれませんが、従来の構造を延命するだけのことになる危険性もあるからです。

たとえば、企業の広報活動を考えてみましょう。
企業にとって、社会との関係はとても重要ですので、ある程度の規模になると、広報活動に専門的に取り組む部署が創られます。
しかし、その結果、社会との関係は広報部門が一元化し、他の部門は逆に社会への関心を弱めてしまうというおかしな事態が生じてしまうこともあります。
そういう弊害をなくすために、企業では30年前から「全社員広報マン(パーソン)」と称して、全社員が広報意識を持とうという活動が展開されたことがあります。
こうした「専門化のジレンマ」はさまざまな分野でみられます。

もう少しわかりやすい事例では、企業の社会貢献活動があります。
企業のフィランソロピーとかメセナ活動が華やかな時期に、多くの企業は専門部署を創りましたが、逆にそれをつくったために、ほかの部署は相変わらず社会のことなど考えずに今まで以上に経済性を強めてしまった会社は少なくありません。
環境経営もそうです。
だからと言って、専門部署を創設することが悪いわけではありません。
それが全社の社会性や環境意識を高める契機になる可能性もまた大きいからです。

しかし、現在の分業思想に基づく社会にあっては、専門部署をつくることが他の部署からその意識を抜いてしまう恐れも否定できません。
縦割り文化の上に立つ行政も、同じことです。
環境省は省に昇格したとはいえ、今でも権限はそう大きくないでしょう。
環境省をつくるほうがよかったのか、経済産業省や国土交通省の行政方針を環境理念を基軸にして組み替えたほうがよかったか、判断はわかれるでしょうが、せめて環境省をつくった理念は、ほかの省庁も自らに取り組まなければいけません。

山形市が環境先進都市を標榜したことがあります。
市長は、環境部門だけではなく、すべての部署が「環境意識」を強めなければいけないという発想で、行政そのものの基礎に環境意識をおくことを目指しました。
「環境行政」に取り組むのか、「行政の環境化」に取り組むのかは、全く意味合いが変ってきます。
そして大切なのは、後者ではないかと思います。
これに関しては、福祉の問題などでも以前書いたことがあります。
「ビジネスの発想を変える高齢社会の捉え方」

消費者庁を新設するのは誰にも見えますし、取り組みやすいやり方です。
しかし大切なのは新しい組織をつくることではなく、行政の姿勢を変えることです。
行政の姿勢を変えることよりも新しい制度をつくることにばかりエネルギーを割く傾向が、これまでの行政の責任者には多かったように思います。そして組織を作って終わりにしてしまうわけです。
それでは逆効果になる恐れさえあります。
次々と新しい組織を創って来た結果が、昨今の行政の肥大化、天下り人事の広がりと無縁ではなかったことを忘れてはなりません。

公務員の人事問題でも同じような取り組みや発想が感じられます。
近代が生み出した分業の思想とそこから派生した専門の思想は、そろそろ見直すべき時期に来ています。
消費者庁を新設するのであれば、行政全体の枠組みを組み替えていくくらいの展望とグランドデザインが必要ではないかと思います。
しかし、そうしたロングタームのイノベーションに取り組む人は、いなくなったのかもしれません。
社会が複雑になりすぎてしまったのでしょうか。

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■節子への挽歌269:宮崎久常さんの献花

節子
今日もまた、献花に来てくれた人の話です。

藤代の宮崎さんを覚えていますね。
あまりにも個性的なので、忘れようがないですよね。
オープンサロンにも何回か来てくれました。
10年ほど前に突然、会社を辞めてしまい、衆議院選挙に立候補しました。
全くの個人的立候補でした。
周りの人はみんな引き止めました。
市会議員ならともかく、突然の衆議院立候補。当選の可能性はゼロでした。

宮崎さんは、政治や社会に「憤り」を感じていたのです。
選挙事務所開きにはいろいろな人が集まりました。
みんな庶民でした。徹底した庶民でした。
そこで「宮崎さんの歌」を創ろうということになり、私が作詞し、井上さんと言う人が作曲することになりました。
今も手元にそのテープがあります。
選挙は予想通り落選しましたが、宮崎さんは終わった後も爽快な感じでした。
やるべきことをやった、という感じでした。

落選後、私のオフィスに1度だけやってきました。
その時、たしか烏瓜の実を持ってきてくれました。
なぜかその烏瓜がわが家の庭に芽を出したような記憶もあるのですが、あまり定かではありません。
節子は覚えているかもしれません。
なぜ烏瓜だったのか、他の人なら悩みますが、相手が宮崎さんでは悩むことなどありません。
それが宮崎さんだからです。
それ以来、散歩して烏瓜を見ると、宮崎さんを思い出して、節子と思い出話をしたものです。
不思議な人です。
年に2回、必ず手紙をくれます。
几帳面な人です。

一昨日、私は不在だったのですが、宮崎さんから電話がかかってきたそうです。
庭にきれいな花が咲いたので、それを持ってこれから献花にいくというのです。
電話に出た娘が、今日は父が不在だが、明日なら在宅だと伝えましたが、別に話すこともないからこれから行くといって、1時間後にやってきたそうです。
電車で30分くらいのところにお住まいです。
わが家の庭の献花台に自宅の庭の花を献花して、2分ほどで帰ったそうです。
不思議な人だね、と娘も驚いていましたが、実に不思議な人です。
福島から帰宅したら、宮崎さんの庭の花がきれいに飾られていました。
もしかしたら、庭にきれいな花が咲くまで献花を待っていてくれたのかもしれません。
宮崎さんのことですから、きっとそうにちがいないです。

節子
宮崎さんらしいやりかたです。
宮崎さんはパソコンなどやるタイプではないので、このブログは絶対に見ることはないでしょう。
でも節子には宮崎さんが来たことを伝えておきましょう。
なにしろ2分しか庭にいなかったそうですから、あなたも気づかなかったかもしれません。
私たちの周りには、本当にいろんな人がいましたね。

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2008/05/27

■「自分たちより大変な人の手助けをしたい」

陰惨な事件が続き、テレビのニュースを見るのがいやになっていますが、今日の朝日新聞の夕刊にとてもうれしい記事をみつけました。
中国の大地震関係のニュースなのですが、「被災者助け合い 自宅壊れても吹き出し」という見出しの記事です。
ネットでは公開されていないので、一部を引用させてもらいます。

中国・四川大地震で被災者同士が助け合う動きが出ている。ふるさとを離れ避難所でテント暮らしをするお年寄りや子どもに、おかゆを作って差し出す被災者。水や食糧を譲り合う人たちもいる。「自分たちより大変な人の手助けをしたい」。支え合いの気持ちが被災地に広がっている。

四川省安県永安地区の避難所。25日の昼、歩いて数分のところに住む馬さん一家が、自宅で作った米7・5㌔分のおかゆをリヤカー2台で運んできた。お年寄りや子ども向けに1杯ずつ配る。おかゆはすぐになくなり、周りに子どもたちの笑顔があふれた。

記事によれば、馬さん自身も自宅が壊れ、庭でテント暮らしを続けているのだそうですが、「自分たちはお湯を沸かすことができる。もっと困っている人を助けるのは当然」と話したそうです、

困った時にはお互いに助け合うのは、人間に生来埋め込まれた本性だと思います。
しかし、それがある状況の中では忘れられてしまい、その逆の言動が出てきてしまうようです。
最近は、そうした状況が日本中に蔓延しているようです。

とても不思議なのは、自らが困った時、弱くなった時にこそ、周りの人のことに目を向ける本性が出てくることです。
頭で考えると、逆ではないかと思うのですが、自分の体験からも、人間の本性が出てくるのはどうも苦しい時です。
苦しい時にこそ、悲嘆にくれている時にこそ、人間は素直になれ、生命的な本来の感性や思いが自然と出てくるのかもしれません。

この記事を読んで、高い目線から困窮者を助けてやろうという救済活動は、注意しないと自然と生まれる助け合いの動きを潰す危険性があるような気がしてきました。
もちろん「救済活動」を否定するつもりは全くありませんが、危険性を秘めていることを認識しておくことが必要だということです。

もう少しきちんと説明しないと誤解されそうですが、人間は本来助け合い支えあう存在なのです。
そこにだれかが「競争」という概念を持ち込んでしまった時から不幸が始まったのかもしれません。

この記事が示唆してくれていることは、とても大きいです。
福祉の本質が含意されているように思います。
まだきちんと説明できませんが、未来を構想するヒントも含まれているように思います。
近代が前提にした人間観は見直す必要がありそうです。
とても幸せな気分になって、この記事を何回も読み直しました。

ひるがえって今の日本社会を見ると、
「自分たちより金持ちの人の手伝いをしたい」人ばかりで、目が上ばかり向いているような寂しさを感じます。
心の向きが全く反対です。
自ら苦労した人たちは、日本でも「自分たちより大変な人の手助けをしたい」と思っているはずですが、そうでない人たちのほうが社会を主導しています。
最近、そのことを痛感していますので、この記事が本当に心に響きました。

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■節子への挽歌268:節子と一緒に車えびのフライを揚げましたね

節子
あなたは山口県の東さんに会ったことがなかったのですね。
今日、初めて知りました。
我孫子まで献花に来てくれた東さんが、あなたの写真の前で、一度、お会いしたかったと言ってくださったからです。

節子は実にたくさんの人たちから支えられていました。
東さんも、節子にたくさんの元気を贈り続けてきてくれた一人です。
東さんからのお薦めのサプリメントを飲まずにいたら、ある時、ドサッと送ってきてくれました。
いろいろな人(私も含めて)からのお薦めを受けていたので、節子はそんなにたくさんサプリメントは飲めないと言っていましたが、それ以来、節子は東さんの送ってきてくれたものを飲むようになりました。

それだけではありません。
私は、料理は不得手で、したことがほとんどありません。
少しは料理もできるようにならなければと、節子は私に料理を教えようとしました。
節子は自分がいなくなっても私が困らないように、いろいろなことを教えようとしていました。
それをそのまま受け入れると、節子がいなくなってしまうようで、私は真面目には学ぼうとしませんでした。
そのことは今も後悔してはいませんが、もっと一緒にいろいろやればよかったとは思っています。
節子がまだ少しだけ料理ができる頃、東さんが活きた車えびを送ってきてくれました。
節子が私にエプロンを渡し、やり方を説明するから一緒に油で揚げようと言うのです。
私がエプロンをすると、めずらしいことだと、娘が写真を撮ってくれました。
それが私と節子との初めての、そして最後の料理ツーショットになりました。
Ryori


(写真を掲載すると節子に怒られそうですが、小さく載せます)

そんなこともあって、私たち夫婦は、時々、東さんの話をしていましたから、てっきり東さんは節子と会ったことがあると思い込んでいたのです。
でも会ったことがなかったことを今日、初めて知りました。
にもかかわらず、東さんは本当に節子や私のことを応援してくれています。
ご自身も病気で身体が少し不自由になってしまったのに、わざわざ我孫子まで来てくださったのです。

東さんが帰った後、いろいろと昔のことを思い出しました。
私たちの人生は、ほんとうにたくさんの人たちに支えられているのです。
最近、自分のことしか見えなくなってきているのではないかと、反省しました。
節子
やはり私も自立しないといけませんね。
せっかくの遠来の友に、今日は何もおもてなしできなかったことを悔やんでいます。

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2008/05/26

■節子への挽歌267:安達太良山

節子
今日は福島に講演に行ってきました。
少しずつですが、仕事も再開できています。

講演会場まで行く途中、前方に安達太良山がみえます。
それを見ながらいつも思い出すのが智恵子にとっての「ほんとの空」です。
今日は天気がよく、安達太良山がよく見えました。

高村光太郎の「智恵子抄」は、純愛の作品として有名ですが、実際はそれ以上のものだったようです。
「光太郎の千恵子に対する愛は智恵子抄に表れた領域をはるかに越えて純化していった」とあるところに書かれていましたが、私がそのことに納得できるのは、光太郎の次の言葉です。
「阿多多羅山の山の上に毎日出ている青い空が、智恵子のほんとの空だといふ」
残念ながら、今日の空はあまりきれいではありませんでしたが。

「智恵子抄」から私の好きなものを一部、引用します。

 あれが阿多多羅山、
 あの光るのが阿武隈川。

 かうやつて言葉すくなに坐つてゐると、
 うつとりねむるやうな頭の中に、
 ただ遠い世の松風ばかりが薄みどりに吹き渡ります。
 この大きな冬のはじめの野山の中に、
 あなたと二人静かに燃えて手を組んでゐるよろこびを、
 下を見てゐるあの白い雲にかくすのは止しませう。

 あなたは不思議な仙丹を魂の壺にくゆらせて、
 ああ、何といふ幽妙な愛の海ぞこに人を誘ふことか、
 ふたり一緒に歩いた十年の季節の展望は、
 ただあなたの中に女人の無限を見せるばかり。

光太郎の気持ちがとてもよくわかるような気がします。

安達太良山から節子と一緒に、阿武隈川を見下ろしかったです。
節子の喜ぶ顔が目に浮かびます。
福島に通いだしてから、いつか節子と安達太良山に登ろうと思っていました。
もう安達太良山に登ることがないと思うと、哀しさが募ります。

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■予言の自己実現

「予言の自己実現」に関しては以前、一度書いたことがあります
たとえば、根も葉もなくても、「あの銀行はつぶれる」と誰かが予言し、それが広まってしまうと取り付け騒ぎが起こって、実際につぶれてしまうというような話です。
アメリカの社会学者ロバート・マートンが言い出したそうですが、そのこと自体が「予言の自己実現」の事例でもあるような話です。

事実を報道するのがマスコミですが、同時に事実を生み出していくのもマスコミです。
どうも最近は、後者の機能のほうが前者よりも大きくなっているような気がします。
つまり私たちは、マスコミがつくりだした世界で生きているのかもしれません。
なにやらSFの世界のようですが、あながち否定できない気がします。
とすれば、マスコミにはそれほど大きな情報収集能力も必要なく、取材活動もさほど重要ではなくなっているのかもしれません。
そして、たぶん実際にもそうなっているのでしょう。

いま話題の後期高齢者医療制度の出発点は、医療費がどんどん増加していくということのようですが、そこでは後期高齢者の医療費を減少させるという発想は全くありません。
30年ほど前に、医療産業について調査したことがあります。
その時も医療費がどんどん上昇していくというのがすべての人の予想でした。
私自身は大きな違和感を持ちましたが、「産業のジレンマ」のパラダイムの上で考えると、それ以外の発想はないのでしょう。
医療の発展とは医療費が増加することなのです。
日本の福祉政策はすべて、そうした過去延長型の予想に基づいて政策立案されますから、財政破綻は組み込まれているわけです。
ちなみに、いまの環境製作も結局は同じパラダイムでの議論だと思います。
これに関しては、以前書いたことがあります

最近、なぜか「予言の自己実現」ということが気になって仕方がありません。
私たちの行動は、すべて誰かの予言の沿って動いているような不安感があります。
いったい誰の予言なのでしょうか。

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2008/05/25

■「世代間の対立をあおらないでください」

テレビで枡添大臣に樋口恵子さんが、世代間の対立をあおるようなことを言わないでくださいと苦言を呈していました。
後期高齢者医療制度は、世代間の負担をどう分け合うかの問題のような説明がよくなされますが、私にはこれが全くわかりません。
福祉行政の分野で世代間対立が話題になりだしたのは、私の知っている限りでも30年前からだと思います。
その頃から、世代間対立ということが理解できませんでしたが、最近はそんなものはありえないことだと確信できました。

日本人とアメリカ人の対立はわかります。
国籍を変えることはできますが、ほとんどの人は一生をどちらかで過ごすからです。
しかし、世代は違います。
現在の若者も、60年後には後期高齢者になるわけですから、中長期的な問題においては、対立は成り立ちません。
そして福祉は、間違いなく中長期的な問題です。
福祉の世界での世代間対立は、若い世代にとっては未来の自分との対立です。
どう考えてもおかしいです。

後期高齢者医療保険の保険料は将来的にはかなり上昇するようです。
つまり、50代の人は目先はちょっと負担が少なくなるかもしれませんが、将来は負担が大きくなるわけです。
負担を増やしたくなければ長生きしないことです。
実に恐ろしい論理が、福祉の世代間競合論議には含まれています。

昨今は、ノー・ロングタームの嵐が吹いていますが、郵政民営化のように後になって後悔しないように、少しロングタームに考えてみることが大切ではないでしょうか。

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■節子への挽歌266:伴侶がいなくなっても元気にがんばれる人と失意に埋もれる人

節子
あの名木純子さんからメールが来ました。
チャイルドマインダーという仕組みを創りだし、ご自身もたくさんの里子と一緒に子育ち支援の分野の先鞭をつけてきた人です。
メールは、今回の四川省の大地震で発生した親を失った子どもたちのことでした。
そこに書かれていたのは、私にはとても思いもつかなかったことですが、同じ風景から見えてくるものの違いに気づかされました。
これに関しては、CWSコモンズに少し書きました。

伴侶を送った後、元気にがんばれる人と失意に埋もれる人とがいます。
私はどちらかといえば、後者です。
何をしても意志が持続できなくなってしまいました。
私の周りを見回すと、どうも男性は後者になりがちで、前者の生き方は女性に多いような気がしてきました。
偏見かもしれませんが、女性のほうがやはり主体性を持っているのです。
一言でいえば、自立しているのです。
私は若いころからそう思っていましたが、それを思い知らされたのは会社に入ってからです。
それに関しては、いつかまた書きたいですが、今日は伴侶と死別してからの生き方の話です。

愛する夫を見送ってからもなお活躍している女性は少なくありません。
すぐに思い出すだけでも、高崎の竹澤さん、大阪の永井さん、そして名木さん。
ほかにもまだ何人かの顔が浮かびます。
みんな私より少しだけ年上ですが、私の数倍も精力的に活動しています。
みんなに共通しているのは、多くの仲間に支えられていることです。
そしてたぶん、今なお愛する伴侶との一体感を強く持っていることです。
社会的な活動に取り組んでいることも共通しています。

こう書いてきて、いまふと気づいたのですが、
もしかしたら、持って行き場のない怒りを活動にぶつけているのかもしれません。
「元気にがんばれる人」と「失意に埋もれる人」とは、実は同じなのかもしれません。
「失意」はきっといつか「活動」に転換するのでしょう。
「解放」とは愛する伴侶からの解放ではなく、失意からの解放です。
たしかに3人の人たちのことを考えると、そんな気がしてきました。

私ももうじき「元気にがんばる人」になるのかもしれません。
それまでは引き続き「ぐずぐず」「おろおろ」していたいと思います。

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2008/05/24

■節子への挽歌265:食べ残したバナナはどこにいったのか

節子
ちょっと不思議な、でも全くナンセンスな話です。
よほど暇な人だけ読んでください。

最近、夜中におなかが減るので、枕元にバナナを置いています。
夜中に目が覚めることが多くなったせいかもしれません。

闘病中の節子も、枕元にバナナやヤクルトを置いていました。
一度に多くを飲食できないので、ヤクルトも2~3回に分けて飲んでいました。
少量なので一気に飲めばいいのにと思っていましたが、最近、私もそうなってきました。
まるで節子のようだと思いながら、就寝前にヤクルトを半分飲んだりしています。
真夜中に目が覚めて眠れない時、何かを口にすると眠れることもあります。
行儀が悪く、褒められた話ではないのですが、節子と同じだなと思うとなぜか心が落ち着きます。

ところで、昨夜の話です。
2時過ぎに目が覚めてしまいました。
電気もつけずに手探りで枕元のバナナを半分に折って、寝ながら食べてしまいました。
そしていつの間にかまた寝てしまっていたのですが、朝起きて、残りのバナナを食べようとしたら、どこにもないのです。
食べたバナナの皮だけが残っていました。
食べかけのバナナがどこかに紛れていると困ると思い、布団をあげて探してみましたが、ありません。
無意識にバナナを全部食べたのかもしれないと思い、残っていたバナナの皮をつなげてみましたが、やはり一本にはなりません。
頭が混乱してしまいました。

みなさんならどう考えるでしょうか。
天才的な私は、すぐに解決できました。
そうか、節子が残りを食べてしまったのだ、と。
それで一件落着、のはずでしたが、
少しして気がつきました。
節子は皮まで食べてしまったのだろうか。

そこでもう一度、ベッドの周りを探してみましたが、やはりありません。
この謎を説明する方法は3つです。
(1)節子が皮まで食べてしまった。
(2)私が呆けてきて皮まで食べてしまった。
(3)最初からバナナは半分しかなかったことを私が忘れていた。
どれが一番合理的でしょうか。
私が呆けるはずがありませんから、正解は(1)なのです。
彼岸ではバナナは皮まで食べるようです。
食糧事情は彼岸もあまりよくないようです。
自給率も低いかもしれません。
それで今朝は、節子に食べるものをたくさん供えました。

いや、もしかすると、私が呆けはじめたのでしょうか。
そんな気もしますね。
いやはや困ったものです。

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■「疑わしき」は救うべきか、切り捨てるべきか

福島第1原発で配管工事をしていた長尾光明さん(昨年末死去)が、被ばくで多発性骨髄腫というがんになったとして、東京電力に賠償を求めていた裁判で、東京地方裁判所は、国が労災と認めたのとは逆に、被ばくでがんになったとは言えないとして訴えを退けました。
国は主治医の診断や専門家の検討をもとに、被ばくで多発性骨髄腫になったとして労災と認めていました。
行政判断とは違った司法判断が出たわけです。

私がこのニュースに興味を持ったのは、ちょうど長尾さんが配管工の仕事をしていた頃、福島第1原発を見学した記憶があるからです。
その時に、下請けの下請けの作業現場の実態の説明を受けて唖然としました。
被爆する危険な作業を分単位で時間を区切って断続的に行っているということを知りました。配管の仕事ではなく、何かを取り替える作業でした。
原発にかける費用のほんの一部を向ければ、自動化できる作業だと思えたのですが、作業に当たっているのは季節工だという説明でした。
30年くらい前の話なので、記憶違いかもしれませんが、私が原発への不信感を持ちはじめたのは、まさにその時ですから、私には大きな衝撃だったことは間違いありません。

そこでは「人間」がまさに「安価な労働力」としか扱われていなかったのです。
原発が安全かどうか以前の問題です。
そうした人間観や仕事観を持っている東京電力には、原発事業を展開する資格はないと私は思いました。
そういうことを、ニュースを聞きながら思い出したのです。

どんな事業もメリットだけを与えてくれるわけではありませんし、完全に安全な事業などあるはずがありません。
であればこそ、事業を担う人たちの考え方は重要です。

今回の司法判断と行政判断のいずれが妥当なのかは私にはわかりませんが、その違いの基本にあるのはたぶん生命観と価値観です。

「多発性骨髄腫は症例が少なく、被ばくとの間に一定の傾向を読み取れない」と指摘し、因果関係も否定した司法判断には違和感があります。
人の身体は労働力を提供するだけの画一的な機械ではなく、表情を持った生命なのです。
そして、「読み取れない」から因果関係を否定するのか、「読み取れない」から因果関係を否定できないのか、どちらから考えるかは、その人の立脚点によって決まってきます。

「疑わしき」を罰するかどうか。
「疑わしき」を救うかどうか。
すべては、判断する人の立脚点に拠っています。
私には「疑わしき」を罰したり、否定したりすることはできません。
そう思うと、この判決の後ろにたくさんの事件と意図が見えてきます。
この判決が含意していることは、とても大きな気がします。

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2008/05/23

■節子への挽歌264:支えあう関係と縛りあう関係

節子がいなくなって失意の中にあった時に、前からの約束で、あるフォーラムのモデレーターをやったのですが、その時、パネリストの一人から「佐藤さん、解放されたと思えばいいのですよ」といわれました。
まちづくりでは実績のある「生活人」だと思っていた人でしたが、その言葉には唖然としました。
彼は、善意を持って、私を元気づけるために言ってくれたのですが、そうした発想が出てくること自体が私には限りなく哀しかったのです。
もう二度とこの人には会うことはないなと思いました。
そういう風にして、私は節子がいなくなってから、何人かの友人知人と違う世界に住んでいることを思い知らされました。
節子がいなくなってから、別の別れを体験しているのです。
もちろん絶縁したという意味ではありません。
違う世界があることを知ったということです。
その反面で、新しい出会いもたくさんありましたから、結果的には世界は広がりました。

ところで、「解放」といわれたことがずっと気になっています。
人のつながりには2つの関係があります。
「支えあう関係」と「縛りあう関係」です。
「解放」という発想は、後者に立脚しています。
私たちはお互いに決して縛りあわずに、支えあってきました。
いや、そう思っていました。

つい先日、いつものように真夜中に目覚めて考えているうちに、この2つは同じなのだと気づきました。
あまりにも当然のことであり、今ごろ気づくのは遅いのですが、節子がいなくなってから私の独断の暴走を止めてくれる存在がいなくなったために、気づけませんでした。
節子は、私の思いを映し、正す、意思を持った鏡でした。

「支えあう」と「縛りあう」は同義語です。
私が取り組んでいる「コムケア活動」は、「重荷を背負いあおう」という精神を大事にしています。
私の生き方の根底には、少なくとも意識の世界では、いつもその考えを大事にしてきました。
にもかかわらず、愛する節子に関しては、そういう発想が完全に出てこなかったのです。
なぜでしょうか。
朝まで考えましたが、わかりませんでした。

「解放」
それはどういう意味をもっているのでしょうか。

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■ロングテールを対象にした仁義なき投機

投機マネーが世界を駆け巡っていますが、最近は「仁義なき投機」になってきています。
投機マネーは金銭的には富裕であるがゆえに文化の貧困な人たちのゲームですが、それが自分たちの世界で留まっている分にはそう大きな問題にはなりません。
貧相な生活をしている金持ちたちにも、それくらいの遊びは認めてやってもいいでしょう。

最初の世界的投機ブームとして有名な、17世紀のチューリップ投機はなんと球根ひとつが一般市民の平均年収の8倍にまでなったといいますから、馬鹿げた話です。
しかし、投機とはそういうものです。
所詮は球根ではないかとみんなが気づいたところで暴落して、投機バブルは終焉しました。
仕掛け人がいて、知性も文化も縁遠い金持ちとそこに憧れる寄生者たちからお金を巻き上げただけの話です。
仕掛け人にとっては、痛快なゲームでしかありません。
参加した人たちも、それなりに楽しんだはずです。
金持ちにとっては、破産もまた楽しみのはずです。
寄生者の中には被害を受けた人もいるでしょうが、まじめに汗して生きていた人の被害はそう大きくなかったはずです。

20年前の日本の土地投機はどうでしょうか。
土地を買えるほどの人は高い土地や住宅を買って損をしたかもしれませんが、まあそれによって生活が破壊された人はそう多くはないでしょう。
それにそういう人たちの多くは、バブル経済の恩恵もかなり受けていたはずです。

ところが、昨今の投機ブームはこれまでのものと全く違います。
投機の対象が、日常生活の基礎商品に向かったのです。
つまり、原油と食糧です。
現在の投機経済に、すべての人が巻き込まれてしまったのです。
これまでとは全く違った状況が起こったのです。
その認識があまりにも不足しているように思います。

やくざの世界のルールは、「堅気には迷惑をかけないこと」でした。
昨今はこうしたやくざの文化は失われ、堅気こそを狙う暴力団が大きな力を持ち始めています。
まさに「仁義なき闘い」が、任侠の世界からさえはみだしてきたのです。
それと同じことが、投機の世界にも起こりだしているのです。
金儲けだけを目指す金融専門家にとって、一番簡単で持続できる投機は「ロングテール作戦」です。
つまり貧しいけれど、まじめに働く生活者を対象にすることです。

原油や食糧は、チューリップの球根と違い、投機の対象だけでの価値ではなく、生活にも必須なものなので、突然に無価値になることはないのです。
それに投機経済は、サブシステムを超えて経済全体を支配する力を得てしまいます。
こんなに簡単な資金吸い上げシステムはありません。
しかし、それはおそらく「投機の世界」が、一線を踏み越えてしまったことを意味します。

今の状況が続くのは、せいぜい2年くらいでしょう。
暴落が始まった途端に起こる混乱がどうなるか、おそろしい気もしますが、それが天の裁きのように思えてなりません。
ソドムとゴモラの世界はもう終わりにしたいものです。
地球温暖化が、聖書に書かれている大洪水を起こすためのものであれば、甘んじて受けるのがいいのかもしれません。
金融資本主義が主流になるのであれば、人類が生存していく意味はないでしょうから。

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2008/05/22

■メフィストに魂を売ったファウストの時代

今朝の朝日新聞に「チベット問題からみる人権」と題して、オーストラリア国立大学の歴史学のテッサ・モーリス・スズキ教授が寄稿していました。
ちょうど彼女の「愛国心を考える」(岩波ブックレット)を読もうと思っていたところだったので、読んでみました。
東トルキスタンにおけるウィグル族人権抑圧のことが書かれていました。
早速、ネットで調べてみたのですが、途中でいやになってきました。
どうしてこんなことが起こるのか。
人権侵害が世界いたるところで行われていますから、関心を持ち出すと際限がないのです。
人はどうしてこんな不条理なことができるのでしょうか。
死刑のところで書きましたが、現場で主体的に生きていたら、ほとんどの人は不条理なことなどできないはずです。
そうさせている何かがあるはずですが、ラッキョのように組織や制度の皮をむいていくときっと何も残りません。
ほんとうに不思議です。

最近、無差別の殺傷事件が頻発しているではないかと思う人がいるかもしれませんが、そこにも理由がないはずはありません。
やり場のない憤りや不安が暴発しているように思います。
社会の基本的なあり方を正さない限り、暴発は防げません。
事件を起こした人も、やりたくてやったとは思えません。
相手を間違っただけです。
相手というのは、人ではなくて問題というべきかも知れません。
私は、自然やコモンズ、あるいは「つながり」や「人間的なリズム」をなくしてきた結果ではないかと思います。
そうしたことを捨てることで、私たちは金銭的経済システムを発展させてきました。
まさに魂をメフィストに売ったファウストの生き方を選んだ結果なのかもしれません。
身が滅びるのは当然の報いかもしれません。

毎日、テレビで中国やミャンマーの状況を見ていると、私たちが真剣に考えなければいけないのは、内輪もめではなく、もっと大きなことだろうと思います。
そういう人類的あるいは生命的な視点で構想した人間のつながりあいのシステムがあるような気がします。

世界中の人たちが、個人の視点で寄付をし、汗を出し合おうとしている姿に、私たちのもう一つの未来を感じます。

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■節子への挽歌263:花かご会のみなさんが駅前を飾っていた花を節子に持ってきてくれました

節子
我孫子駅南口前の花壇は、今年はとてもきれいです。
節子がいなくなっても、節子の仲間たちがみんな楽しみながら手入れしてくれています。
駅を通る時は私も見渡すようにしています。
どこかに節子がいるかもしれませんから。

昨日、花かご会のみなさんが植え替え作業を終えた後、どっさりと花を持ってきてくれました。
駅前を飾っていた花ですよと言って、みんなで献花台に供えてくださいました。
いつもいつも節子のことを思い出してくれていて、本当にうれしいですね。
あなたは気持ちのやさしい仲間にとても恵まれていますね。
今日は、私も自宅で仕事をしていたので、みなさんともお話できました。
わざわざ遠くから電車で通ってきている小池さんも来てくれました。
みんな本当に花が好きなのですね。
花かご会のホームページに最近の写真が少しだけ載っています。
だんだん見事になってきているように思います。
節子があれほど身を入れていた花壇ですから、いつか私も何らかのお役に立ちたいと思っています。

駅前花壇ほどではないですが、わが家の花も今年は昨年より元気です。
ジュンが毎日、心をこめて手入れしてくれているのです。
節子もきっとそちらから花に元気を送っていてくれているのでしょうね。
節子が植えてくれた玄関のバラも大きくなりました。
虫もつかず、とても新緑がきれいです。
今日も花かご会のみなさんが感心してくれていました。
節子がいたらとても喜んだでしょうね。

節子が残してくれた草花に囲まれていると、節子がいないのが嘘のようです。
庄崎さんによれば、節子も彼岸で花に囲まれながら、花の手入れをしているようですね。
彼岸の花は、こちらの花とは違いますか。
私も早く見てみたいと思っています。

節子の友だちに会うと、節子にとても会いたくなります。
節子の友だちがいるのに、どうして節子はいないのか。
節子にとても会いたいです。

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2008/05/21

■経済の交換行為と生活の交換行為

昨日、金融権力に関して書きましたが、そこに、
「カネがカネを生むシステム」がはびこる世界には生きたくない
と書きました。
ではどんな世界に住みたいか、です。

私が住みたいのは、お金を経由しない「物々交換」や「事々交換」の世界です。
それに関しては、その前日に、挽歌編のほうに書いていたのを思い出しました。
そこで書いたように、
お金を使った交換はそこで終わりますが、お金を使わない交換はそこから始まります。
経済の交換行為と生活の交換行為とは全く違うのです。

「交換」は実に面白い行為ですが、私には手におえないほど、深い世界です。
金銭を媒介にした交換は、基本的には「等価交換」であり、そこで完結してしまいます。
本来、「生きる」とは外部との交換行為のことですが、そこでの「交換」は決して完結することはありません。
つまり、生活における交換行為は継続的な行為なのです。
そこでは「交換」は意図されていないとしても、結果的には交換的な展開につながっているのです。
時にその交換が現世を超える場合もあるでしょうが、生命的な次元で考えれば必ずつながっています。
その「交換」は、始まりも終わりも明確ではなく、際限もありませんから、損得という概念から自由です。
いうまでもなく「等価交換」ではありません。
さらにいえば、「交換」は手段的行為ではなく、目的的な行為なのです。
金銭的交換の世界にはgive and take という言葉がありますが、そもそもgive and take という発想すらないように思います。giveという発想がないからです。

生命的な交換に立脚した「経世済民」の経済システムの精神は、まだきっと日本にも残っています。
それを大切にしていきたいと思っています。

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■節子への挽歌262:節子が残した生活文化

昨日、お弁当の話を書きましたが、節子が残した文化はそれだけではありません。
この頃、つくづく「節子の文化」がわが家にはいろいろと残っていることを実感しています。
節子が元気だった頃、もっともっと素直にその「文化」の価値を認めればよかったと少しだけ反省しています。

節子は片付けるのが下手でしたので、自分の机や鏡台はいつも雑然としていました。
あまりにも気になって、注意すると「あなたの部屋よりきれいですよ」と反論されました。
私のは「整然」と散らかっているだけで、決して「雑然」ではないので、この反論は半分は誤りで半分は正しいのですが、間違いなく節子のほうが片づけが不得手でした。
しかし、それにもかかわらずきれい好きなのです。
病気になってから、特にその傾向が強くなり、廊下などが汚れていると辛いだろうに自分で掃除機をかけるのです。
私は掃除を分担するといいながら、まあ適当でいいだろうといい加減にしか対応しませんでしたが、節子はきっと不満だっただろうなとこの頃とても後悔しています。
その罪滅ぼしに、最近はできるだけていねいに掃除をしていますが、娘からはまだまだダメだと怒られています。
しかし、節子のおかげで、いまもわが家はそれなりに整理整頓されてきれいです。
いえ、節子がいた頃よりも間違いなくきれいです。

掃除のことを書いてしまいましたが、ほかにも節子が残した文化だねと娘たちと話すことが少なくありません。
良いものもありますが、悪いものもあります。
しかし、私は良いとか悪いとか関係なく、節子が残した文化はみんな好きです。
そして気が付いてみると、自分がその文化(生活のスタイル)になっているのです。
節子がいた頃は、批判的だったものや理解できなかったものまで、いまや私の生活スタイルになってきています。
やはり私の中に、節子が入り込んできているのでしょうか。
最近、頭の働きが悪くなったのも、もしかしたそのせいかもしれません。
いやはや困ったものです。

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2008/05/20

■節子への挽歌261:笑みと涙がでてしまうお弁当

節子
最近、娘のジュンがお弁当を作ってくれます。
そのお弁当を開くと節子の笑顔がどうしても頭に浮かびます。
実に「質素ながら心のこもったお弁当」なのです。
私は、昼食はあまり食べませんので、いつも小さなおにぎりが2つです。
それに小さなタッパーにおかずが加わるだけのお弁当です。
タッパーはとても小さいのですが、品数は多いのです。
しかもカラフルでなければいけません。
小さなタッパーなのですが、そこに節子は実にたくさんの料理を入れてくれました。
いずれも一口、いや一口以下のサイズです。
それがみごとに詰まっているのです。
果物やデザートまで入っていました。
それを見ると、まるでおもちゃの世界のようで、自然に笑みが浮かんでくる楽しさがありました。
いつかあまりのおかしさについつい電話までしてしまったことがありましたね。
そのお弁当に、私はいつも節子の優しさと遊び心を感じていました。

このお弁当は、しかしコスト的にはほとんど無料に近かったと思います。
食べ残したほんのわずかな食材が効果的に豊かな雰囲気を作っていただけです。
船場吉兆の女将よりも、節子は食材を無駄にしない人でした。
食べられない草花がはいっていることもありました。
節子は、そうしたちょっとした「遊び心」が好きでした。

最近、娘がお弁当を作り出してくれましたが、全く節子の作り方と同じなのです。
いや、「遊び心」という点をのぞけば、節子を上回るかもしれません。
わが家の食費はますます節約できそうです。
節約家の節子の伝統はしっかりと継承されています。
収入がなくなっても、我が家は大丈夫そうです。
安心してください。

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■金融権力

昨日、福島に行く往復の新幹線で、岩波新書の「金融権力」(本山美彦)を読みました。
かなりすっきりしました。
昨今の金融関係者ののさばり方には怒りが鬱積していたのです。
どう考えても犯罪者としか思われない福井日銀総裁や、そのお仲間の竹中某やら小泉某やらの金銭に埋もれた人たちが、明確ではないとしても取り上げられていることに、胸がすっきりしたわけです。
彼らがやってきたことは、法を犯していないかもしれませんが、私には犯罪以外の何ものでもないからです。
彼らは、日本の文化をアメリカの金持ちたちに売り渡したとしか、私には思えないのですが、私の知識ではとても説明できなかった思いをきちんと説明してくれています。

郵政民営化の意味やガソリン高騰の意味(それはガソリン税にもつながっています)もきちんと語られていますが、何よりも、ミルトン・フリードマンやアメリカの格付け会社の罪が語られていることもうれしい限りです。
フリードマンもそうですが、昨今の経済学者を通して、ノーベル経済学賞の本質にも胡散臭さを感じていましたが、その背景もわかり、私の感じていたこともあながち虚妄ではなかったこともわかりました。

昨今の経済に少しでも違和感をお持ちの方はぜひこの1冊を読んでほしいと思います。
グローバリゼーションの意味や金融工学者たちに変質させられてしまった現代経済の実状がとてもコンパクトに、しかし明確に語られている入門書です。

金銭の奴隷でしかない富裕層グループに雇われた金融工学者たちが、企業統治(コーポレート・ガバナンス)とか企業価値とか、さらにはコンプライアンスとかCSRとかいう着飾った言葉で、経済を変質させ、日本にまで格差社会を持ち込んだことがとても残念です。

ちょっと長いですが、一つだけ引用させてもらいます。

金融複合体は金融を、社会的に必要なものを作り出す「しもべ」ではなく、金儲けをするための最高の「切り札」に位置づけてしまった。その結果、自由化の名の下に、人々の金銭的欲望を解放してしまう金融システムが作り出されてしまった。カネがカネを生むシステムがそれである。そうした金融システムが、現在、「金融権力」として猛威を奮っている。
カネがカネを生むシステム
こういう「ありえないこと」を実現する仕組みを認めてしまえば、人間が営々と積み重ねてきた経済は根底から崩れてしまうはずです。
そこでは人間は不要になってしまいます。
そんな世界では生きたくないと私はずっと思い続けています。

ちなみに、著者が「金融権力」と言っているのは、「金融という構造的権力」のことです。

ぜひ多くの人に読んでほしい気がします。
そうしたら郵政民営化などという不条理な話には乗せられなくなるはずです。
同じようなことが今なお、いろいろなところで進んでいることにも気づくかもしれません。

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2008/05/19

■死刑制度論余波

昨日書いた死刑制度反対論への「転向」に対して、早速メールが来ました。
概要、こんな内容です。

私は死刑制度をもっと強化すべしというかんがえです。
原則として人を殺せば一人でも死刑の対象とする。
重大な過失がある場合は死刑もありとします。
殺したように殺されるべき、だとすら思います。
見方を変えて死刑廃止、となったらしいようですが、奥さんが殺された人のことを改めてお考えください。
誤審による悲劇はどんなに配慮してもなくならないでしょう。
これはやむを得ないものとして受け入れるべきで、我々は、すでに自動車が交通事故で年間1万人以上死ぬことがわかっていても自動車産業を廃止しようとはしていないでしょう。
自家用車を乗り回している人が死刑廃止を言う資格はありません。
もちろん、自分は死刑の執行人にはなれないということには論理矛盾はありませんが。
結論を急いではいけません。
私は現在の自動車運転制度には反対です。
飲酒運転など一度でもすれば、永久免許停止などは当然の話だと思っていますし、自動車関連税はもっと高くていいと思っています。 
環境対策のためにガソリン税を高くていいと言う人もいますが(ガソリン税は環境悪化のための道路建設に使われますが)、それよりも人命保護のための自動車関連税を高めるべきです。
それができない理由は、明白です。
トヨタの奥田さんが政府と癒着していることがすべてを物語っています。 
自動車産業が悪いとはいいませんが、今の状況は最悪です。
経団連としてやれることがたくさんあるのに、自動車に関しては誰も何もやりません。

念のために言えば、上記の「自動車が交通事故で年間1万人以上死ぬ」とありますが、これはおそらく事実に反します。
おそらくといったのは、統計は必ずしも正しくないからですが、しかし最近は実際にも1万人は超えてはいないでしょう。
そんなことは瑣末な話です。
直接的には死亡に至らない事故も考えなければいけません。
120キロ以上スピードが出ることも私には理解できません。
スピードが出るようにしておいてスピード違反を罰するのは私には理解しにくいです。
自動車産業の発展が大きく歪んでいるのは否定できないように思います。
それが内部管理にも出ているはずです。
産業や企業の健全性は、産業内や企業内の実態を見ればほぼわかります。
人の行動がそうであるように、組織もまた、内外は通じているからです。

「奥さんが殺された人のことを改めてお考えください」とありますが、そうした発想はいささか危険です。
私は昨年妻を病気で亡くしましたが、その気持ちはおそらく誰にもわかりません。
わかるという人もいますが、何がわかるのかという気もします。
受け止め方は人それぞれです。
奥さんが殺された人の気持ちなどわかるはずがありません。
それをわかると考えてしまうことこそ、危険な発想なのです。

なかなか死刑制度の話につながらないのに長くなってしまいました。
この短いコメントにたくさんの示唆が込められているわけです。
ちなみに、このコメントをくれた人の善意は微塵も疑っていません。

死刑制度の話はまた日を改めます。
このメールのアドバイスにもかかわらず、いまはまだ死刑制度反対のままです。


        

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■節子への挽歌260:さとうファームのさやえんどう

節子
わが家の家庭農園のさやえんどうがたくさん取れました。
それで娘のジュンが、「さとうファームからのお届けです」とお隣さんたちに少々のお裾分けをしてきてくれました。
節子の文化はここにも残っています。
ひとつかみのさやえんどうなのですが、みんなとても喜んでくれます。

私は、お金を経由しない「物々交換」や「事々交換」の世界の中で生活したいとずっと思っていますが、その楽しさを教えてくれたのは節子でした。
節子には「百姓の精神」がありました。
自分たちの生活のことは自分たちでできるだけやろうという生き方でした。
子どもたちが小さいときには、「佐藤工務店」と言いたくなるくらい、家族みんなでインテリアやエクステリア工事に取り組みました。
壁紙張りやベランダのペンキ塗り、いろいろやりました。
私も不器用ながら、そうしたことが大好きでした。
私の製作した棚や椅子はすぐ壊れましたし、家電製品は直るものまでむしろ壊すことが多かったです。
その分、節子ががんばってくれました。
廃物活用は節子の大好きなことでした。

ところで、お金を使った交換はそこで終わりますが、お金を使わない交換はそこから始まります。
そこにこそ生活の面白さがあります。
経済の交換行為と生活の交換行為とは全く違うのです。
このことは、むしろ経済時評で項を改めて書こうと思いますが、
今日、節子に報告したかったのは、節子の好きな「お裾分け文化」が続いているということです。

ひとつかみのさやえんどうは、Mさんからすぐにとても美味しい和菓子になって戻ってきました。
節子にお供えしたお菓子は節子が残したお裾分け文化の現われです。
美味しかったですか。
ただMさんはお返しが好きな人なので、
中途半端なお裾分けはしないようにという節子のお達しがあったようですが、
今回は思い切り中途半端なお裾分けでした。
なにしろ本当にひとつかみのさやえんどうでしたから。

ちなみに、さやえんどうは娘と一緒に私も収穫してきました。
さとうファームは私たち百姓の弟子たちが何とか守っていますから、ご安心ください。

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2008/05/18

■心理主義の罠

先週、企業の経営幹部の皆さんの研究活動の発表会がありました。
2つのチームが半年間、議論してきた成果の発表会でしたが、テーマが「本気」と「愛」でした。
テーマを決めたのは研究に取り組んだ皆さん方自身です。
2つともとても刺激的で面白かったのですが、最後に少しコメントをさせてもらう時間がありました。
そこでお話したことの一つが、「心理主義の罠」でした。
これは河野哲也さんの本を読んで知った言葉です。

私は、かなりわがままに個人的に生きている人間です。
ですから、自分の周りで何か問題が起きた場合、制度や組織のせいにするのはあまり好きではありません。
20年前までは制度や社会を変えようなどという思いもありましたが、当時勤めていた会社の企業文化変革に取り組んで気づいたのは、変えられるのは自分だけだということでした。
そして自分の人生を変えました。
会社を辞めたのです。
それで自分が変わったわけではありませんが、少なくとも変わる契機にはなりました。
そして自分が変われば社会も変わっていくのだという思いをずっと持っていました。
もちろんすぐにではなく、50年もすれば変わるだろうということです。
その頃は私はいませんから、裏切られることはありません。
まあ、気楽といえば気楽ですが、そう確信すれば生きることは楽しくなります。

いろいろな問題を相談に来る人がいますが、
自分が変わると風景が変わってくるから、まず自分でできることから始めてみたら、そのために私ができることがあればできるだけ私も応援するよ、
というのが長年の私の基本姿勢でした。
しかし、数年前から少し考えが変わってきました。
世間で「自己責任論」が広がりだした4、5年前からです。
社会の構造が変わってしまってきたことに気づいたのです。
そして昨年、出会ったのが「心理主義の罠」という言葉でした。
「心理主義」とは、人々の関心が社会から個人の内面へと移行する傾向をいうらしいのですが、その結果、本来は社会的・政治的であるはずの問題を、個人の問題へとすり替えて、問題を「個人化」するようになってしまうわけです。
「悪いのは自分だ」と思うのは実践的な発想ですが、「悪いのはお前だ」というのは無責任な発想です。
その違いは大きいですが、どうもその2つが混同されてきているのではないかと思い出してきたのです。

私たちは最近あまりにも大きな責任を一人で背負い込んでしまっているのではないか。
その重さに耐えられずに、さまざまな問題が発生しているのかもしれません。
無責任な自己責任論がどれだけ多くの人を苦しめているか。
最近、そのことがとても気になっています。
問題を自分だけで引き受けすぎないようにしなければいけません。
政治家や官僚のように、すべてを他者や外部要因に引き受けさせる姿勢も、少し学ばなければいけないのかもしれません。

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■節子への挽歌259:笑顔を取り戻さないといけませんね

節子
昨日の続きです。

東尋坊の茂幸雄さんと川越みさ子さんがやっているNPOの会報が届きました。
だいぶ前にコムケアセンターに届いていたのですが、私があんまりオフィスに行かないので、受け取ったのは先週でした。
一昨年の秋、節子と最後の旅行をした時に、茂さんと川越さんにお会いしました
まさか会えるなどとはきっと節子は思っていなかったでしょうし、私自身も会えるかもしれない程度の思いでした。
ところが、東尋坊について自動車を降りたら、なんと目の前に茂さんがいたのです。
あの時は驚きました。

あの旅は、いま思い出しても不思議な旅でした。
茂さんたちに会った翌日、夕陽を見ました。
あんなにきれいな夕陽は初めてでした。
1時間近く落日に輝く日本海を見ていました。
その1年後に、節子が逝ってしまうとは思いもしませんでした。
茂さんたちは、また元気になって2人で来てくださいとメールをくれましたが、残念ながらそれは無理になりました。

茂さんたちは、東尋坊で自殺予防活動に取り組んでいます。
死は、身近に体験した人でないとその意味がわからないのではないかと私は最近思い出しています。
身近というのは何だと言われると難しいですが、自分の問題として、だと言い換えてもいいでしょう。
私の場合、父母の死はまだ「身近」ではありませんでした。
自分の死と、あるいは生と重なっていたのは節子の死が初めてでした。
なにも伴侶の死が「身近」だというわけではありません。
人によって身近さの捉え方は違うでしょう。
自分の生き方を変えてしまうような死の体験は、そうあるものではありません。
しかし一度体験すると、生きることの意味に気づきます。
あらゆる存在の生と死が自分につながっているような気がするのです。
インドラネットの世界です。

茂さんと川越さんのやさしさや温かさは、死を身近に体験したことから生まれたのではないかと勝手に思っていますが、茂さんたちの笑顔は本当に会う人をホッとさせます。

先週、このブログの時評編で、死刑に関して書き続けましたが、書いているうちに茂さんの笑顔を思い出したら、論理を超えて死刑制度反対に戻ってしまいました。
人の生を元気付けるのは、笑顔かもしれません。
節子の笑顔には毎日会っていますが、私もできるだけまた笑顔を取り戻したいと思います。

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2008/05/17

■節子への挽歌258:あなたを忘れない!」

節子
今日は「生命・きずなの日」です。
今年も記念祭が開催されます。
日本ドナー家族クラブの間澤さんから、今年も案内が届きました。
間澤さんは、娘さんを交通事故で失いましたが、生前の彼女の希望により6人の人たちに臓器提供した経験の持ち主です。
それが契機になって、日本ドナー家族クラブを結成しました。
私もそれにささやかに応援させてもらいましたが、「生命・きずなの日」も間澤さんたちの尽力で設定されました。
この記念祭のキーワードは毎回、「あなたを忘れない!」です。
このキーワードの意味は、節子と別れたいまになって、はじめてわかったような気もします。
愛する娘を見送った間澤ご夫妻の気持ちを、私がどれほど理解していたかに関しても、いささかの自信をなくしています。
間澤さんご夫妻とのおつきあいのなかで学んだことはたくさんありますが、私の理解はまだまだ浅かったと気づいたのは、節子との別れを体験してからです。

間澤さんとも、この2年お会いしていません。
節子のことは知っていると思いますが、まだ私には声をかけられないのだろうなと思います。
間澤夫妻も私とほぼ同世代ですから、その気持ちもよくわかります。
一度、お会いしたいと思いながらも、今年の記念祭には参加する気力が出てきません。

間澤さんは、娘さん(朝子さんといいます)の本をつくりました。
みんなに忘れないでいてほしいと思ったからです。
今日、開催されている記念祭も、間澤さんご夫妻にとって、朝子さんを忘れないでほしいという思いからはじめたのだろうと思います。
きっと記念祭で、お2人は朝子さんに向かって「あなたを忘れない!」と念じていると思います。

5月17日は毎年、「生命・きずなの日」です。
この日はいつも、私は間澤さんたちのことを思います。
節子は間澤さんとは会っていないかもしれませんが、つながっていることは間違いありません。
私たちはほんとうにたくさんの人たちから支えられていました。
その人たちにもっともっと節子を紹介したかった、それがほんとうに残念です。

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■死刑について7:死刑執行を考えれば死刑はやはりなくすべきですね

死刑制度について、私なりの結論がでました。
いかにもあっけなく、ですが。

全く別の視点から、死刑制度廃止に考えを変えることにしました。
加害者でも被害者側でもなく、もし自分が死刑を執行する人の立場だったら、と考えたのです。
そう考えれば、結論はすぐに出ます。
私には死刑の執行は出来ません。
自分でできないことを他者にやらせるべきではありません。
だとしたら死刑制度はやはり廃止すべきです。
この2週間、いろいろと考えてきたことが全く無駄でした。
視点を変えれば答はすぐに見つかる好例です。

一度、その視点に立ってしまうと極めて事態はリアルに見えてきます。
愛する人を殺めた人を、私は殺められるだろうか。
その人が死刑になったら安堵するだろうか。
いずれもノーです。
1週間前の私の答は、いずれにもイエスでした。
現場に自らを置いて、観念の呪縛を捨てるとこんなにも簡単に考えは変わるものなのか、我ながら驚いています。
あっけない結論になってしまい、仰々しく書き続けてきたことを読んでくださった方には申し訳ない気がします。
すみません。

予めこういう考察をした上で、文章は書かなければいけませんね。
このブログの文章は、そういう考察を全く経ていないものばかりです。
恥ずかしい限りです。はい。

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2008/05/16

■節子への挽歌257:1年前のことを思い出すと気分が揺れ動きます

節子
一度、気持ちを切り替えて活動を再開しようと決めましたが、なかなかうまくいきません。
活動は再開しているのですが、どうも1年前のことに引き戻されてしまうのです。
1年前の生活は、あまりにも生々しく私の心身に刻み込まれています。
思い出さないでしようと思っているのですが、必ずと言っていいほど毎日、節子を思い出してしまうことに出会います。
昨年の今ごろは、節子と完全に生活を共有していましたから当然といえば当然です。

目を外に向けようと思っても、どこにでも節子の姿が見えてしまいます。
本当に私たちは人生をシェアしていたことを痛感します。
娘たちは、親を超えて生きていけるのでしょうが、伴侶には難しいことです。
伴侶と死別して、10年近くたつのにまだ思い出して仕方がないという人の気持ちがよくわかります。

先日、献花に来てくれた升田さんが手紙をくれました。
「お家もお庭も心を込めて作られていて、節子さんはこのようなお方であったのだと、深く感じながら過ごしておりました。」
こう言ってもらえるととても安堵します。
確かに、今のわが家は節子が基本的な方向づけをしてくれたのですから。
しかし、初めてのお客様でさえ、そこに節子を感ずるのですから、私がどれほど深く感じてしまうかは推して知るべしです。
家には主婦の「いのち」がこもっています。
どこもかしこも、節子でいっぱいです。

これから数か月、昨年の記憶がよみがえってきそうでとても不安になります。
最近また、毎日、気分が揺れ動くようになってきてしまいました。
困ったものです。

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■自治体行政のパラダイム転換

大阪府の橋下知事が進める人件費削減はかなり大幅なもので、実施に向けてはまだまだ多くの難関があるでしょう。
職員としてはなかなか反対はできない状況になってきているのかもしれませんが、
府民の多くはどう思っているのでしょうか。
もし行政の職員が、府民の生活を守る仕事をしていたならば、府民はきっと人件費削減には賛成しないでしょう。
しかし、大阪府に限りませんが、なかなかそういう声は起ってきません。
そこにこそ日本の自治体行政の大きな問題があるように思います。

自立生活サポートセンター事務局長の湯浅誠さんが書いた「反貧困」(岩波新書)には、まじめに働いても生活できない人が増えていること、そしてそうした人たちの生活実態が紹介されています。
行政による生活保護制度はそうした人を支援するよりも排除する姿勢が強いことも示唆されています。
私の体験でも心あたることは少なくありません。
行政の対応はまず「ノー」から始まることが多いように思いますが、発想の起点が住民にではなくお上にあることがすくなくありません。
日本の行政は、生活支援ではなく統治行政であることがよくわかります。

統治する側にいる人にとっては、生活者の都合など問題ではありません。
むしろ問題があればあるほど、自らの存在価値を保証できるという「近代のジレンマ」の論理の上に成り立っていますから、生活者の困窮はほどほどに必要なのです。
それに対応するような形で、統治される側にとっては統治側にいる人は不要な存在ですから、そのための人件費は少なければ少ないほどいいことになります。
そこには不幸な関係しかありません。
もちろん個別には例外はたくさんあります。
しかし、仕組みはそうなっているように思います。
それこそが問題です。

そうした枠組みの中では、霞ヶ関がさまざまな社会問題を解決すると称して展開している施策に投入される予算のほとんどは、その対象に到達する以前に統治側に吸い取られてしまいます。
「反貧困」にもそうした話が出てきますが、昨今の報道を見ていると、それを吸い取っているのが行政の仕組みとさえいえるかもしれません。
そうした仕組みを壊さなければいけません。
日本の政治家がそうであるように、日本の行政は生活者の視点で設計されていません。
それを変えていかねばいけません。
橋下さんが取り組んでいるのは、そうした枠組みの中での取り組みですから、気が遠くなるほど大変な作業なのです。

しかし、にもかかわらず、どこかにすっきりしないものを感じます。
なぜでしょうか。
根本にある問題を変えることなく、実現しやすいところから取り組んでいると、問題はさらに深まっていくのではないかという不安もあります。
これは大阪だけの問題ではありません。
自治体行政のあり方を、根本から見直すグランドデザインが求められているように思います。
その鍵は、発想の起点を変えることです。
起点を変えると、風景が変ってきます。
そのモデルは、福島県の矢祭町が示唆しているようにおもいますが、どうでしょうか。

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2008/05/15

■節子への挽歌256:節子がいなくても花が咲く

節子
庭の花がとてもきれいです。
昨年は少し元気がなかった花も元気を取り戻してきているようです。
気のせいか、節子がいた頃と何かが違うようにも思うのですが、節子が希望したように娘がきちんと手入れしています。
節子が植えた花や、好きだった花が咲くと、必ず教えてくれます。

先日、節子が時々、行っていた遠くの花屋まで娘と一緒に行ってきました。
どうしてこんな遠くの花屋まで来ていたのだろうかと思いましたが、花の種類が多く、めずらしい花があるからだとジュンが教えてくれました。
私は、ぺラルゴニウムを買ってきました。
節子はあまり好きではなかったようですが、今回見つけたのはきっと節子にも気に入ってもらえそうな品種でした。

今年はいろんな種類のバラもにぎわっています。
節子がいなくなってから、さらに3種類のバラが増えました。
節子が気に入ってくれるといいのですが、節子の花選びにはいつも誰かが一緒でしたので、節子の好みはきちんと家族に伝わっています。

庭にはたくさんの花や植木がありますが、その一つひとつにたくさんの思い出があります。
節子がいなくても花が咲く。
それがうれしくもあり、悲しくもあります。

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■観客民主主義

この1週間、死刑制度のことばかり書いてしまい、世間で起こっていることには触れませんでした。中国での大地震、国会での3度目の再可決、サミット前座での労働省会議での連合と政府の不協和音など、いろいろとありましたが、一番、気になったのはミャンマーがサイクロン被害救済のチームを受け入れないという話です。
不思議に見えますが、これこそが国家の本質を顕在化させている事例なのでしょう。
やりとりしているうちにも多くの被害者が生命を落とし苦境にあることを思うと、国家とはなんと不条理なものなのかと改めて驚かされます。

福田内閣の支持率がさらに低下し20%になりましたが、福田首相は相変わらず自説だけが正しいと記者に応えています。
支持しないのは国民が愚劣だからと言っているわけですが、それに反発できずにいる私たちは確かに愚劣なのです。

現在の日本の体制は、普通の意味での民主主義社会とはいえないでしょう。
政府がやっていることは、ことごとく大半の国民が反対していることなのですから。
小泉元首相がクーデターにより、民主主義を壊し、安倍前首相が国民の臣民化の路線をかため、福田現首相がその上で、シミュレーションをしているというのが、私の感想です。
60年前の繰り返しが粛々と進んでいるのでしょうか。
彼らは一時流行った「違法にして正当」ではなく「合法にして不当」な行為を繰り返しています。
合法ですから逮捕できませんが、実質的にはそのもたらしたことの大きさは、昨今新聞を賑わしている小さな犯罪の比ではありません。
どれほど多くの人の生活を踏みにじることになるのでしょうか。
しかし、それが見えてきた時には、彼らはもういないわけです。

チョムスキーの民主主義社会の定義の話を思い出しました。
チョムスキーは、「メディア・コントロール」(集英社新書)の中で、こう述べています。

民主主義に関する一つの概念は、一般の人々が自分たちの問題を自分たちで考え、その決定にそれなりの影響を及ぼさせる手段をもっていて、情報へのアクセスが開かれている環境にある社会ということである。しかし、現在優勢な民主主義社会のもう一つの概念は、一般の人々を彼ら自身の問題に決して関わらせてはならず、情報へのアクセスは一部の人間の間だけで厳重に管理しておかねばならないとする社会である。

そして、後者を観客民主主義と名づけました。
日本もアメリカと同じく、立派な観客民主主義社会になりました。
観客は楽しむだけではありません。
そのお返しを、いつか必ず受けなくてはいけませんが、やっかいなのは、楽しみを享受する人と苦労を負わされる人とは、同じではないということです。

世代の生活が継承される日本の伝統は壊されてしまいました。
そんな気がしてなりません。

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2008/05/14

■節子への挽歌255:写真を見るとやはり涙が出てきて仕方がありません

めそめそした記事はみっともない、やめたほうがいいよ、という節子の声が聞こてくるのですが、今日はまためそめそした記事です。
節子の後を継いで、わが家の花係になった娘が、去年の庭の花の様子を見たいというので、私のパソコンに入っている写真を見ました。
花に囲まれて、日向ぼっこしている節子の笑顔の写真が出てきてしまいました。
庭の椅子に私と一緒に座っている写真です。
不覚にも涙をこらえることができませんでした。
この写真の直後に入院してしまったのです。
もうかなり辛かったでしょうに、そんなことなどは微塵も感じさせない笑顔です。
今ごろ涙を出すくらいなら、なんでこの時にもっと節子を大事にしなかったのだろうかと悔やまれて仕方がありません。
その数か月先に先に起ることなど考えもしていない2人の様子に、先の見えない自分自身の馬鹿さ加減を思い知らされるのです。
この時、節子は幸せだったでしょうか。
写真からはそうとしか見えません。
私自身も、とても幸せそうなのです。
愛する人と一緒にいることが、どれほど幸せなことなのか。
そう思います。

やはり節子の写真を見るのは、まだできそうもありません。
かといって、膨大な枚数の写真を捨てることもできません。
節子のことになると、どうしても身体が動かなくなってしまいます。
困ったものです。

節子
おまえの笑顔はほんとうに私の生き甲斐でした。
改めて、ありがとう。

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■死刑について6:光市母子殺害事件と死刑制度

さらに続けます。もう付き合いたくないと思われるでしょうが、私も早く逃れたいです。

光市母子殺害事件での弁護団の活動は、死刑制度への抗議だといわれます。
それが、彼らの行動の大義になっていますが、それこそ偽装行為ではないかと怒りを感じます。
なぜもっと堂々と取り組めないのか。
彼らの言動は、同時代人を愚弄する恥ずべき行為だと断じます。
被害者の本村さんの姿勢に比べて、その小賢しさと卑劣さは不快です。
彼らこそ、死刑制度に寄生し、言葉とは裏腹に死刑制度に正統性を与えているのではないかとさえ思われます。
法と権力で身を固めて、何が死刑制度廃止だといいたいです。

嘘のない、平安な世界がくれば、自ずと死刑はなくなります。
彼らのような、目線の高い良識のない「有識者」もどきが、世界の平安を崩しています。
しかも、そうした論外の論理をもてあそぶ弁護士を正す弁護士仲間は、ほとんどいません。
みんな結託しているからでしょうか。
制度や組織や職権、有識者は、そういうかたちで支えられています。

このシリーズに何回か出てきている辺見庸さんは、死刑制度反対です。
戦争に反対して死刑に反対しないのはおかしいと書いています。
論理的に考えれば、全くそうです。
死刑は憲法違反だとも書いています。

にもかかわらず、まだ私は死刑制度反対にはなれずにいます。
なにも生命を奪うことはなく、終身刑でいいのではないかと頭では思うのですが、一昨日書いたように、終身刑もむごさのわりには、被害者遺族にとっては、満足できない話でしょう。
未来の有無は、むごさ以上の意味を持ちますから、被害者にとっては加害者の生存は時にむごい状況を生み出す可能性があります。

自分の問題として考えれば、答はかなり明確です。
私の場合、愛する人を殺害した犯人には死を求めたくなると思います。
もし私もしくは愛する人が人を殺害した場合はどうでしょうか。
私の場合は、おそらく自死を求めます。
人を殺めることと人に殺められることは、同じような気がします。
いずれも、生命のつながりからの自らの離脱だからです。
他者には死刑を、自らは死刑ではない自死を、というわけです。
明らかに論理矛盾です。

答は出そうもありません。

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2008/05/13

■節子への挽歌254:「配偶者を亡くした人は、現在を失う」

昨日、読んだ「愛する人を亡くした人へ」のなかに、こんな文章が出てきます。

親を亡くした人は、過去を失う。
配偶者を亡くした人は、現在を失う。
子を亡くした人は、未来を失う。
グリーフ・カウンセラーのE・A・グロルマンの言葉だそうです。

人は何かを失うと、必ず何かを得ると私は思っています。
父を亡くした時に私が得たのは出会いの意味の気づきでしたし、
母を亡くした時には自分自身の身勝手さへの気づきでした。
あまり正確ではありませんが、グロルマンの言葉とは違い、大きな過去を背負い込んだような気分でした。
未だにそれから解放されていませんが、これに関しては一度書いたことがあります。

配偶者だった節子を亡くして、「現在を失った」という感覚は実にぴったり当てはまります。
自らの生が、突然断たれたような衝撃を受けました。
しかし、失ったのは現在だけではなく、過去も未来もです。
現在は、過去や未来の母体だからです。

では得たものは何か。
まだ言葉になりませんが、たくさんあります。
おそらくそれは、人によって違うでしょう。
あまり言葉にすべきではないかもしれません。
言葉にすると、どうしても違ったものになりそうな気がします。
しかしたくさんのものを得たような気がします。

節子が残していってくれたものに感謝しています。

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■死刑について5:由比忠之遺さんの自死

もう一度、続けてしまいます。死刑の対極にあるのが自死かもしれません。
国家による殺人に対して、自らによる殺人ですから、執行者はたしかに対極にあります。
しかし、対象者はいずれも個人、しかも社会から外れて(外されて)しまった個人です。
その視点から考え直すと、直接の執行者の後ろに共通なものが見えてきます。

これもまた重い問題であり、正面から立ち向かえそうもないのですが、先日お会いした椎原澄さんがブログに書いたと連絡をくれていました。
澄さんのブログとはリンクしていますので、勇を鼓して読んだのですが、読み終わった後、頭が白くなってコメントできませんでした。
もし皆さんに余裕あれば、私に代わって読んでコメントしてやってください。

辺見庸さんの「いま、抗暴のときに」を読んでいたら、さらに刺激的な文章に出会ってしまいました。
1967年、当時の佐藤首相に対する抗議のために焼身自殺した由比忠之遺さんの話です。
由比さんの抗議文の一部が、掲載されていました。

佐藤首相に死をもって抗議する。(中略) 
ベトナム戦争で米軍は南北ベトナムの民衆に対して悲惨きわまる状態を作り出している。この米国に対して圧力をかけられるのはアジアでは日本だけであるのに、圧力をかけるどころか、北爆を支持している佐藤首相に私は深いいきどおりを感じる。私の焼身抗議がムダにならないことを確信する。

この事件に関して、大宅壮一さんは当時、こう書いたそうです。

「由比老人の抗議文の内容は、現在日本人の大多数が痛切に感じていることばかりで、いわば国民の常識であり、良識である。それを″焼身自殺″という異常な形で表現した由比老人の役割を私は高く評価するものである」
「現代人にもっとも必要なことは、だれもが常識と認めていることを行動にうつす勇気である。あえて『由比老人につづけ』とはいわぬが、そういった意味でこの老人の死をムダにしてはならぬと思う」

自死とは何でしょうか。
暴力手段を国家に取り上げられた状況の中で、暴力を奪還する手段は自死しかないのでしょうか。
今もなお、中近東では自爆事件が続いています。

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2008/05/12

■節子への挽歌253:「愛する人を亡くした人へ」

長いこと、机の上に置かれていた一条真也さんの「愛する人を亡くした人へ」を読みました。
昨年の7月に発売された本ですので、1年近く、私の机の上に乗っていたわけです。
なかなか読めずにいましたが、漸く読む気になったのです。
せっかく一条さんから贈ってもらったのに、読めなかった一因は、書名でした。
「愛する人を亡くした人へ」と一括して語られることへの違和感でした。
愛する人との別れ方には深い表情がありますし、当事者にとっては聖域な世界ですから、外部からの言葉はすべて虚しく響くことが多いのです。
しかし、語られないと、さらに虚しく、そこはいろいろ複雑なところです。

読み始めた時には、違和感をもったらすぐ読むのをやめようと思っていました。
ところが、読み出してみたら、自然と読み進められ、結局、一気に読んでしまいました。
全く違和感がなかったわけではありませんが、読み終えた後、ホッとした気持ちが残りました。
一条さんの世界は、ある程度、理解していますので、文章の一つひとつの意味や位置づけも伝わってくることもあり、それで自然と受け入れられたのかもしれません。
本書の帯に、「さみしさ」という深い闇の中で月明かりに導かれているような温かさを感じました。と書かれていますが、言葉はともかく、そんな感じです。
穏やかに読めました。

ところで、本書の中で、一条さんは、
配偶者を亡くした人は、立ち直るに3年かかる。
と書いています。
一条さんの経験則でしょうから、間違いない話です。
どうやらまだ立ち直れる時期には達していないようです。
なにか奇妙にホッとしました。

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■死刑について4:身勝手に人を死に至らしめた人の生存を認める理由は何でしょうか

死刑について書くのは間をおいて時々と思っていたのですが、なぜか連日、刺激的な情報に出会ってしまいます。
もう一度、続けます。
朝日新聞の記事からです。
今月9日に行われた国連人権理事会作業部会で、欧州の多くの国から日本に対して、死刑執行の停止や死刑制度廃止を求める声があがったそうです。
また、国内でも、仮釈放のない「終身刑」の創設を目指す超党派の議員連盟が結成されたそうです。そこには死刑制度賛成派も反対派も参加しているようです。

すでに世界の2/3の国が死刑制度を廃止しています。
特にEUは死刑廃止を加盟条件の1つとしているばかりではなく、世界のあらゆる国での死刑制度の廃止を目指して活動しています。
その考え方は次のサイトに書かれています。
http://www.deljpn.ec.europa.eu/union/showpage_jp_union.death_penalty.php
国家と死刑制度の関係を考える上でも興味ある内容です。

統計的に調べたわけではありませんが、歴史的にみれば、死刑制度の対象になった人たちは政治犯が多いのではないかと思います。
死刑制度とは極めて「政治的」なものです。
そうした文脈での死刑制度と生活分野での死刑制度とはかなり意味合いが異なります。
もちろんそれらは繋がっており、政治が民事事件を利用することは少なくありません。
しかし、いまの死刑制度論議には、そうした異質なものが混在しています。
そこにこの問題の悩ましさがありそうです。

ところで、終身刑ですが、これもまた死刑以上に残酷な刑のような気もします。
生きるということをどう考えるかによって、評価は全く違ってくるでしょうが、私にはそう思えます。

私の迷いは、死刑を否定した場合、人を死に至らしめた行為をどう位置づけるか、ということです。
身勝手に人を死に至らしめた人の生存を認める理由が見つかりません。
ですから、死刑制度をなくすのではなく、死刑になるような事件が起きないようにするほうにこそ、関心を向けるべきだと思うわけです。
そのために、死刑制度が少しでも効果があるのであれば、残したらいいというのが現在の私の考えです。
そういう死刑制度の場合は、もちろん政治犯や冤罪の可能性が少しでもある場合は対象にはなりません。
区分けが難しいといわれそうですが、「疑わしきは罰せず」のルールがあれば問題は起きません。

なんだか無理やり帳尻を合わせようとしている気もしますが、考えれば考えるほど、悩ましくなっていくのが死刑制度です。
人の生き死にがかかっているのですから、当然な話ですが。

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2008/05/11

■節子への挽歌252:お守りとしての「節子」

対象喪失に関係することをもう一度書きます。
対象喪失について、言葉の意味を確認しようとネットで調べていたら、あるサイトに次のような記事が出ていました。

対象喪失を受けとめることは難しい。合理主義を生みだしたデカルトでさえ、夭逝した娘のフランシーヌにそっくりの人形をこしらえてトランクに入れて持ち歩いたという(種村李弘『幻想のエロス』河出書房新社)。スウェーデンへの船旅の途中、デカルトが船室でまるで生きた娘を相手にするかのように人形に話しかけているのを覗き見た船長は恐怖から、留守中に人形をトランクごと懐中に投じてしまったという。
愛する人形を「喪失」したデカルトはどうしたのでしょうか。
興味があります。
実は私も節子の遺品を毎日肌身離さずに持ち歩いています。
時々、どこかに置いたまま忘れてしまうこともあって、探し回ることもありますが、小さなものなので、たいていはポケットかまたは首からかけています。
誰にも見せたことはありません。
デカルトと違って話しかけることはありませんが、念じることはあります。
念じると、その「節子」は私にエネルギーを送ってくれます。
まぁ要するに「お守り」なのです。

節子はいまや私にとっては「守護神」のような存在なのですが、
実は「愛する人」とは「守護神」なのかもしれません。
信仰とは神や仏を愛することです。
その愛の力が生きる力を与えてくれるわけです。

最近の社会の不幸は、そうした「愛する対象」が見つけられないことなのかもしれません。
不幸な事件が頻発していますが、そのほとんどの後に「愛の不在」を感じます。
私が幸せだったのは、節子という愛する人に出会えたからです。

もしみなさんが、まだ愛する人にめぐり会えていないとしたら、早く見つけることをお勧めします。
愛する人を見つけるのは簡単なことです。
愛されるのとは違って、誰かを決めて愛すればいいわけですから。
不倫になるのは避けたほうがいいですが、そうでなければだれでもいいのです。
近くを彷徨している野良猫でもいいでしょう。
だれであろうと、愛していると愛されるものです。

みんながもっと気楽に愛する人を決めて行けば、
きっと社会は平和で豊かなものになるはずです。

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■死刑について3:死刑制度をどう考えるかは思考の試薬

昨日、やっと辺見庸さんの「単独発言 私はブッシュの敵である」の本を入手できました。
そこに、「死刑制度について」という講演記録が載っていました。
先ずそこを読んでしまいました。
けっこう落ち込んでしまいそうです。
2日つづきになりますが、今日もまた「死刑について」を書きます。

辺見さんはこう書いています。

死刑制度というものが思考の試薬のように思えることがあります。
死刑制度をどう考えるか。その答えのいかんで、その人の思想や世界観の一端どころか、おそらくはいちばん大事なところが見えてきます。
私のすべてが、辺見さんに見透かされてしまっているようで気が重いです。
自分自身でさえわかっていない自分が、彼には見えてしまっています。
皮肉ではなく、そう思います。
死刑が執行された永山則夫について言及しています。
私も彼の手記や作品を読んだ時期がありましたが、辺見さんと違い、何も見えませんでした。

世の中には存在が否定されるべき人はいない、という辺見さんの意見には全く賛成です。
死刑囚も人間だという話も、よくわかります。
私自身、世の中には本当は悪い人などいないと確信しています。
それは乳幼児たちを見ていればよくわかります。
にもかかわらず、身勝手な殺人が起こっています。
否定されるべきでない人の存在が否定されてしまった。
その帳尻は合わせなければ、生命全体が成り立たないと、私には思えてなりません。
他人の生命を奪った時に、実は自らの生命を放棄したのだと私は考えます。
つまり、殺したのは相手だけではなく、自らもなのです。
その死者のけじめをつけなくてはいけないように思います。

しかし、だからといって、それを国家を牛耳る権力者の権限にしていいわけではありません。
問題は2つあるように思います。
死刑制度の是非とそれをだれが担うのかという問題と。

辺見さんは、ペットの殺処理システムの、生々しい話を紹介し、死刑制度もそれに繋がっていると示唆しています。
そしてペット処理の話をすると反響が大きいのに、死刑制度の話は反響が少ないと嘆きます。
その怒りはとてもよくわかりますが、私自身、同じ反応をするかもしれません。
問題の設定に間違いがあるように思うからです。
処理システムの話は、また別の3番目の問題だろうと思います。
しかし辺見さんの深い洞察に反論するほどの確信は、まだ持てません。

昨夜、テレビで映画「グリーンマイル」が放映されていました。
無実の人が死刑を執行される残酷な映画です。
迷ったのですが、結局、観るのをやめました。
多くの人と同じく、死刑制度の問題からは逃げたい気がしています。
しかし、それをどう考えるのかが私の世界観の核心を物語っているという辺見さんの問題提起を読んだ以上は、避けては通れない気がしています。
もう少し考えてみるつもりです。
厄介な問題にぶつかってしまいました。

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2008/05/10

■死刑について2:国家からの暴力の奪還

国家の本質は暴力の独占にあり、それを象徴するのが死刑と戦争だといわれます。
最近の生政治学の捉え方では、少し言い方が違うのでしょうが、つまるところ死刑と戦争は最後の切り札としては担保されていますから、国家の本質という点では変らないでしょう。

私が死刑制度への違和感を持ったのは、映画「真昼の暗黒」でした。
実際にあった八海事件を題材にした映画です。
中学時代だったと思いますが、この映画を観てから自宅に戻る間、涙が出るほどの怒りを感じ続けていたことを鮮明に覚えています。
コタツで腕枕をしながら仲良く眠る逮捕前の被告夫婦の映像が今でも脳裏に焼きついています。
権力が無力な庶民の命を勝手に奪うことの不条理さがあまりに強烈だったために、以来、権力への嫌悪感が拭えなくなってしまったのかもしれません。
死刑は許されるはずがないと、思いました。
大学で法律を学んだ時も、いうまでもなく死刑廃止論者でした。

しかし、社会に出てみると、悪いのは権力者だけではないことを知りました。
身勝手な理由で、個人の尊厳を踏みにじり、あろうことか生命さえ奪う人がいる。
生命を奪った人の生命とはいったい何なのか。
国家との関係ではなく、生命を奪われた人との関係において、その生命を終わりにするべきではないか。
そうでない限り、生命を奪われた人の近くの人の生命もまた、奪われるのではないか。
そんな気がしてきたのです。
他者の生命を奪っておいて、なお生き続けることはできないのではないかと言い換えてもいいかもしれません。
そして数年前から死刑制度賛成論に変節してしまいました。
但し、身勝手な理由で他者の生命を意図的に奪った場合だけの話です。
冤罪の可能性がわずかばかりでもあれば、死刑は許されるべきではありません。
なぜなら過ちを決定的に正せなくなるからです。

しかし、国家を批判しながら死刑制度を受け入れるのは論理矛盾です。
その矛盾を回避するためには、死刑の執行者を国家権力から剥奪するしかありません。
それは同時に、国家権力者をも死刑の対象に加えるということです。
具体的に言えば、戦争による殺人も死刑の対象にするということです。
現在の日本の政府関係者(政治家や官僚)には、その該当者としての資格を持っている人は少なくありません。
国家から暴力を奪還すること。これこそが唯一の方法かもしれません。
問題はだれが奪還するかです。
そこで「マルチチュード」がでてくるわけです。

「死刑について」シリーズなど、書き出さなければよかったと後悔しています。
書くのが難しく、書けば書くほど、自分の思いとは違ったことを伝えてしまいそうな気がします。
でも、もう少し続けてみます。

今朝の朝日新聞に、死刑が犯罪を誘発するような見出しの記事がありました。
朝日新聞社の良識を疑います。

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■節子への挽歌251:対象喪失

「対象喪失」という言葉があります。
「自己にとって重要な対象を失うこと」ですが、その最も大きなものは「愛する人を失うこと」でしょう。
愛する人を失った悲しみと絶望が、生きる力を弱め、病気を引き起こし、死を招くことは、医学的にも認められていることだそうです。
伴侶を亡くした人の死亡率は、死後半年間、40%以上高くなるという調査もありますし(54歳以上が対象)、もっと顕著な差を主張しているデータもあるようですが、いずれにしろ対象喪失すると生きる力が弱まるようです。
書物などによると、1年がどうも危険状況で、1年を越すと大丈夫のようです。
私の場合、まだ1年はたっていませんので、まだ危険領域にいるわけです。

愛する人を失うことがどれほど「生きる力」を低下させるかはよくわかります。
生きていることすら億劫になるのです。困ったものです。
私の場合、その気分からはまだ抜け出られずにいます。
娘たちがいなければ、深みにはまっていたかもしれませんが、彼らが私に力を与えてくれているので、まあ元気なのです。

愛する人を失うことが生きる力を失わせるということは、「愛する人」が生きる力を与えてくれているということでもあります。
このことは、「愛すること」が生きる力を与えてくれると言い換えてもいいでしょう。
生きる力の源泉は「愛すること」なのです。

ところで、「対象喪失」ですが、「喪失」とは何でしょうか。
存在しなくなるということでしょうか。
実は昨夜、そのことが気になりだしたのです。
私にとって愛する対象は「節子」です。
節子は現世からは旅立ちましたが、私の愛が終わったわけではありません。
私はまだ節子を愛していますし、今も毎日、位牌の前で、また会おうねと話しかけています。
そうであれば、私にとっては今なお、愛する人はいるわけで、対象喪失には当てはまらないことになります。
そう考えれば、生きる力が弱まることもないでしょう。

愛する人を失ったのではなく、愛する人に会えなくなっただけの話です。
愛することが生きる力の源泉なのであれば、会えなくなってもずっと愛し続けていけばいいのです。
やっとそのことに気づきました。
これで今日から、また私の生命力は強靭になりました。
たぶん、ですが。

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2008/05/09

■節子への挽歌250:心の叫び、生の気持ち

ややこしい話が続いたので、今日から正常化させましょう。
節子の花基金の出発点になった吉田さんからメールが来ました。

久し振りに、貴君の「妻への挽歌」を時間をかけて読み、・・・と言っても、難しそうなのは飛ばし、女々しいところも適当にしてですが、最近は記憶が定かでなく始めから読み直したので、とにかく長い!・・・近況を知りました。

「難しそうなのは飛ばし、女々しいところも適当にしてですが、」というのはムッとしますが、まあ正直のところ、私でもそうするでしょう。
いや、私なら読まないかもしれません。
第一、こんなに長くて、内容もない記事をよくもまあ書き続けるものだと呆れている人も少なくないでしょう。
我ながら呆れているのですから。

でもこんなメールも来るのです。

挽歌には佐藤さんの心の叫びというか、生々しい気持ちがそのまま綴られているという価値があります。
そして、その心の叫び、生の気持ちに共感する方々がたくさんいるはずです。
それによって癒される方々がいるはずです。

だれかに少しでも平安を与えられるといいのですが、その反対のことをしているのかもしれないと思うこともないわけではありません。
でもいくら書いても書きたりないのです。
節子のことをきちんと書き残したいという気はさらさらないのですが、少しは節子のことを書いておこうという気もあります。しかしなかなかそこにたどり着かないのです。
困ったものです。
まだしばらくは、「とにかく長い」「生々しい気持ち」を叫び続けたいと思います。
きっと節子には届いていると思っています。

そうだよね、節子さん。

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2008/05/08

■節子への挽歌249:カタカムナの「サヌキ」と「アワ」

昨日、愛と怒りについて書きましたが、ちょうどその記事を書いた後、カタカムナに通じている椎原澄さんがやってきました。
カタカムナに関しては、CWSコモンズのほうで書こうと思いますが、かつて日本に存在したとされる超古代文明です。

椎原澄さんが「サヌキ」と「アワ」の話を持ち出しました。
これはカタカムナの世界ではキーコンセプトの一つなのです。
私がカタカムナに関心を持ち、本を読みかじったのは1980年前後だったと思いますので、もうかれこれ30年前です。
久しぶりに出会う言葉です。
これについて書き出すときりがありませんが、簡単に言うと、人のもつ本性として、「サヌキ」と「アワ」があり、「サヌキ」は直進的、攻撃的、能動的、論理的であり、「アワ」は総合的、受容的、受動的、感性的といった特徴があるというのです。
かなり不正確な説明ですが、サヌキとアワが組み合わさるととてもいい動きが出てきます。
ソニーの盛田さんと井深さん、ホンダの本田さんと藤澤さんの組み合わせは、まさにその好例です。
ただ、その組み合わせは上下関係や主従関係ではないのです。
そこがポイントです。
その組み方と関係性が、昨今はたぶんおかしくなってきているのです。
とまあ、そんな話をしたわけですが、実は椎原澄さんのパートナーは椎原正昭さんといい、けたたましいほどの個性的なサヌキ人でした。
節子と同じく、昨年、逝ってしまったのですが、椎原夫妻はカタカムナを初めとした、そうした世界に通じていました。

私は椎原夫妻がカタカムナに通じていることを知りながら、きちんと議論したことはありません。
この種の世界に通じている人は私の周りには少なからずいるのですが、先日書いたように、私自身はそうした人と話し合うのを意図的に避けてきたからです。
今日は、しかしついつい椎原澄さんの挑発に乗ってしまい、少しだけ議論してしまいました。
この種の話は議論すべきことではなく、観ずることなのです。
悔やんでいますが、終わったことは仕方がありません。

椎原さんは、私の本性は「アワ」だと考えているようです。
たしかに私と節子で言えば、節子がサヌキ性が強く、私はアワ性が強いように思います。

椎原さんと話したのは、カタカムナだけではありません。
怒りと愛の話題も出ました。
そのことを書くつもりが、サヌキとアワの話になってしまいました。

ちなみに、余計な話をすれば、
サヌキとアワは、四国の「讃岐」と「阿波」、千葉の「佐貫」と「安房」というように、各地の地名の組み合わせにも出現しています。
土地にはさまざまな磁力(地力)が埋もれています。
それはもしかしたら、未来の記憶なのかもしれません。

今日もまた「挽歌」らしからぬ内容になってしまいました。
サヌキ族の節子は、こういう非論理的な話はあんまり好きではありませんでした。
きっと来世は、私と節子は性別を逆転していることでしょう。
そうなれば現世よりも、もっと理想的な夫婦になれることは間違いありません。
節子が私を選べばの話ですが。

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■船場吉兆の「つかいまわし」の問題の所在

またまた船場吉兆がマスコミをにぎわせています。私には過剰報道に思えます。
もっと取り上げるべき問題があるでしょう。

食べ残しの使い回しは許されることではありません。
しかし、ほとんど手付かずのものを廃棄するのはどうでしょうか。
それは許されるのでしょうか。
地球上の飢餓人口が増えていることを思うと、それもまた許されないように思います。

わが家は、食べ残しを廃棄することはほとんどありません。
わずかばかり残ったものでも次の食卓に出てきます。
これは女房が育てた文化です。
私もそうした文化の中で育てられましたので、食材が無駄に扱われるのを見ただけで悲しくなります。
外食をして、食べ残した場合も、極力パックしてもらって持ち帰ります。
こうした文化の中では、自分が食べられる量だけ注文する姿勢がきちんと身につきます。
家庭農園で自作している野菜は、農家の人でも捨てるようなものまで料理に使います。
これも女房が娘たちに残した文化です。
ですから、今回のような問題には複雑な思いになるわけです。

問題の所在はどこにあるのでしょうか。
食べ残しを使いまわすこと自体には、衛生上の問題や顧客の期待の裏切り(一緒の偽装)という問題があります。
これはどんな理屈をつけようと許されることではありません。
以下は、それを前提としての議論です。

一番悪いのは、せっかくの料理を食べ残すお客なのではないかと思います。
出された料理をすべて食べなければいけないわけではありません。
私もどうしても食べられない場合があります。
味が受け入れられないとか苦手の食材がある場合もあるからです。
しかし残す量にはおのずと許される範囲があるはずです。
体調不良で、その量を超えた場合はきちんと謝罪すべきです。
お金を払ったからといって、料理を勝手に処分していい訳ではありません。
私は、そう考えています。

船場吉兆で手付かずに残す人はどういう人でしょうか。
食べられない料理まで注文すること自体が、私には許されない行為です。
謝罪している船場吉兆の社長以上に、私はそうした人の罪をとがめます。
もし料理が予想以上に多ければ、あるいは自分が食べられない料理があるのであれば、配膳の時に辞退すればいいのです。
良識のある人であれば、そうするでしょう。
接待を受けて、食べたくない料理も断れないようなこともあるという人がいるかもしれませんが、それはその接待を受けること自体が間違っています。
接待を受ける代わりに、その費用をどこかに寄付してもらえばいいわけです。

もったいないとかリサイクルが大事だとかいっている人たちはどう考えているのでしょうか。
とがめられうべきは、食べられもしない料理を注文する人たちであり、食べ残すことに罪悪感をもたない人たちです。
前の客の食べ残しを食べさせられたのは、その罰なのかもしれません。
因果応報なのです。
船場吉兆の人たちにも、そうした思いがあったのではないかと勝手に推測しますが、これはやや過剰推測でしょうね。

船場吉兆を責めるのは簡単です。
しかし、その前に私たちの食のあり方をこそ自戒すべきです。

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■黒いスーツのイニシエーション

先日、久しぶりに大学の行ったのですが、Tシャツの若者が多い中で、黒のスーツに身をかためた学生が何人か目に付きました。
不思議に思って聞いてみると、就職活動のためのマナー研修があるのだそうです。
それにしても男性も女性も、いずれも黒いスーツです。
どうしても喪服を想像してしまいます。

若い人たちの通勤服は、最近は黒一色になってしまった気がします。
娘になんでみんな黒ばかり着るのだろうと話したら、葬儀などの場でも使えるように最初のスーツは黒なのだそうです。
やはり喪服だったわけです。

カラフルで個性的な服装を楽しんでいた若者が、就職と同時に黒一色になる。
軍服と同じく、黒いスーツを着ると従順になるのでしょうか。
いえ、従順になる代替行為として、つまり自らの個性を葬る証として、黒いスーツを着るのでしょうか。
まさに黒いスーツは、イニシエーションの装束なのです。
どこかで何かが間違っているような気がしてなりません。

子どもの頃(昭和26~27年頃)雑誌で読んだ、佐藤紅緑(サトウイチローの父)の小説に、「日本人はふんどしをやめて、ネクタイをするようになってからだめになった」というような文章がありました。
佐藤紅緑は昭和24年に亡くなっていますので、私の記憶違いかもしれませんが、その文章がなぜかその後ずっと頭に残っています。
締めるところを間違っているというわけです。

ネクタイに加えて、黒いスーツ。
電車の中でも黒いスーツ姿の人が増えてきました。
時代の気分がみんなに喪服を着せてしまっているのでしょうか。
社会の終焉が近いのでしょうか。

ちなみに、黒は偽装の色ではないかと私はずっと思っています。
心を込めた葬送の色にはふさわしくありません。

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2008/05/07

■節子への挽歌248:時評と挽歌、愛と怒り

このブログには異質の2つの流れがあります。
時評と挽歌です。
私は毎日、この2つを書くようにしていますが、読む人はきっと混乱するでしょう。
時評と挽歌という、全く質の異なる文章がほぼ交互に出てくるからです。
しかし、時評と挽歌が混在していることを、このブログの特徴にしています。
その理由は以前、ゾーエとビオスという言葉を使って説明しました

いつも読んでくださっているSKさんが思ってもいなかったコメントを送ってきてくれました。

佐藤さんの社会への怒りは、奥様への深い愛に基づいているのだということが、なんと
なく感じられるようになってきました。
SKさんは、私も節子も良く知っている人です。
このメールをもらって、少し考え込んでしまいました。
そこでSKさんにどういう意味ですかと訊いてしまいました。

SKさんから返事が来ました。

ダライラマは「愛と思いやりがあればこそ、私たちは社会的な不正に怒りを持つ」と言っておられます。奥様への愛が、奥様と共に不正な社会への怒りとして発露しているように思うのです。佐藤さんの生を支えているのは、奥様の愛であり、奥様への愛が、佐藤さんを支えているように思います。
私には過分な評価ですが、私が感じていたことを整理させてもらった気がしました。
時評と挽歌は、怒りと愛を分担していたのです。
実は時評編を書く時、いつも節子(妻)のことを思い出しながら書きます。
特に「怒り」の時には、彼女と共有していることを確認しながら書くことが多いです。
ここで書かれていることの多くは、私だけの怒りではなく、私以上に庶民だった節子の怒りでもあります。
節子は、いつも「修は怒りやすい」とたしなめていましたが、私は怒りがこみ上げてくるとなかなか止められないところがあります。
節子がいなくなったいま、節子の言葉を噛みしめるようにしています。
そのおかげで自制力が高まったねと娘たちからも言われるようになりましたが、それでも時々失敗します。
このブログでも失言は繰り返されていることでしょう。

怒りと愛は、たしかにコインの裏表です。
最近のジャーナリズムに、怒りがなくなったのは「愛」がなくなったからなのでしょうか。
この連休、私がやったことは辺見庸さんの著作を読みはじめたことだけです。
友人が、私のブログに書いてあるのと同じような文章が辺見さんの本に書かれている、まさか剽窃(もちろん私がです)しているんじゃないだろうねと電話してきたのが契機です。
読んだことのない他人の文章を剽窃するのは難しいでしょうが、文章の断片に触れていて、それが私の文章にでてくることはありえない話ではありません。
辺見さんの本は、これまで1冊しか読んでいなかったのですが、今回他の本を読み始めて、この人の凄さには圧倒されました。
あまりにも共感できる文章が多いのです。
残念ながらまだ私と同じ文章には出会っていませんが、辺見さんの文章で触発されたり、私の怒りが高まったりすることが実に多いのです。
まさにいま何かを書いたら、辺見さんの思いの剽窃になりそうです。

しかし、辺見さんの怒りは私のそれとは違い、説得力があります。愛の深さを感じます。
辺見さんは離婚しています。
にもかかわらず、どうしてこれほどの愛をもてるのでしょうか。
いささか無意味な疑問でしょうが、そう思わずにはいられません。

今回は挽歌編と時評編の統合編です。

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2008/05/06

■自動改札のシャッターの閉まり方が怖くないですか

今日、電車で出かけたのですが、スイカで自動改札を通ろうとしたら、出た瞬間にシャッターがバシッと閉まってしまいました。
スイカの当て方がわるかったようで、もう一度スイカを当ててくださいと表示されていました。
私自身は既に外に出ていますので、そのまま行けばいいのですが、きちんと処置しておかないと次の出口で出られなくなります。
幸いに隣の場所が開いていたので、途中まで入って外からスイカを当てることが出来ましたの、今回は大丈夫でした。

皆さんはこういう経験はないでしょうか。
私は3回目です。
一度は脚にシャッターが当たりました。
とても不快な感じでしたが、それ以来、自動改札を通るのがとてもイヤになりました。
できるだけシャッターが閉じているところを通るようにしていますが、あのシャッターの閉まり方は勢いが強すぎるように思います。
不正乗車防止のためなのでしょうが、それ以上に不快な思いをさせていることによって生じるコストのほうが大きいように思います。

これは自動改札が導入された時からずっと思っていたことです。
このシステムを開発した会社が、それ以来嫌いになっています。
それまでは私が大好きな会社だったのですが、このシステムに、その会社の開発姿勢が象徴されているからです。
人間不信に立脚していますし、何よりも高齢者への心理負担への配慮が欠落しています。
経営者がどんなに立派なことをいっても、私はその会社は信じません。
まあ、これはいささか極端な考えだとは思いますが、企業の提供する商品には、その会社の思想が明確に現れます。

いずれにしろ、自動改札を通るのがまた当分の間、怖くなってしまいました。
みなさんは怖くないですか。
機械を開発した会社もひどいと思いますが、それを使用しているJRや鉄道会社はどう思っているのでしょうか。
事故は起きていないのでしょうか。

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■節子への挽歌247:グリーフケア・ソング「また会えるから」

CWSコモンズのブックのコーナーによく登場する佐久間庸和(一条真也)さんが、「また会えるから」というグリーフケア・ソングを作詞し、DVDにしました。
作曲は北九州市を代表するハートフル・ポップ・デュオのココペリです。
歌っているのもココペリです。
佐久間さんが経営している会社での葬儀で実際に上映して、好評を博しており、その商品化の要望も届いているそうです。
佐久間さんは、グリーフ・カルチャーの思想が広がってほしいと考えています。

佐久間さんには「愛する人を亡くした人へ」という著書もあります。
私のデスクの上にいつも乗っているのですが、まだどうしても読めずにいます。
このDVDも、なかなか観られずにいました。
佐久間さんは、手紙で、 

「節子への挽歌」はずっと拝読しています。
気が向いたら一回観てみてください。
と書いてきてくれました。
それでついつい「この連休中にDVDは観て、本も読み出します」とメールしてしまったのです。
その連休も、今日が最後。
約束は守らなければいけません。

まずDVDを観ました。
感想は佐久間さんにメールさせてもらいましたが、こういうDVDが流れたら、葬儀の雰囲気は違ったものになるでしょう。
ただ喪主の経験、それも妻を送ったものとしては、迷うところです。
やはりどこかに違和感があります。

だから反対ということでは全くありません。
暗くなりがちな葬儀の雰囲気は変えたほうがいいと私は思っています。
喪主としても、参列者に感じてもらいたいことは、決して哀しさや寂しさだけではないのです。
葬儀に参加して気が疲れると思いますが、葬儀では家族は悲しい反面、同時に参列者には明るく振舞いたいのです。それは決して矛盾しません。
喪主自身の気持ちと参列者に感じてもらいたいと思う気持ちとは、実は全く違います。
論理的には極めて説明しにくいのですが、葬儀の場では「ハレ」と「ケ」が同席しているのです。
奈落の底に落とされたような絶望感がある一方で、愛する妻との最後の共演の場のようなハレの感覚がどこかにあるのです。

そのことは、実は葬儀の場だけではなく、その後も続いています。
その違いは、しかし、なかなか理解してはもらえません。
以前、私が元気そうに見えたり哀しそうに見えたりするのは、私の実体ではなく、観る人の心象ではないかと書いたことがありますが、おそらくそのいずれでもあるのでしょう。
これに関しては、また改めて書かせてもらおうと思いますが(これまでも断片的には書いてきたつもりですが)、今日はグリーフケアの話です。

グリーフケア。あるいはグリーフ・カルチャー。
いずれも、私には初めての言葉です。
グリーフとは、突然やってきた深い悲しみというような意味でしょうが、その打撃に耐えられずに崩れていく人は決して少なくないように思います。
私は幸いに娘たちや友人知人に支えられましたが、思ってもいない辛さや気持ちに見舞われたのも事実です。
悲しみの中で、人の真実も見えてくるような錯覚にも陥りがちですが、それは必ずしも真実ではなく、それこそ自らの心象風景でしかないのですが、その風景に振り回されることもあります。
グリーフに翻弄されてしまうわけですが、その際のケアはこれまた難しそうです。
私の体験から言えば、中途半端なケアは逆効果です。
心が入っていないケアはすぐにわかりますが、心を込めたケアでも素直に受け入れられないのが、グリーフ状況の特質かもしれません。
われながら自分勝手だなと思うほどに、感受性は微妙に意地悪くなるのです。
だからこそ、たぶん論理ではない、表情を持った個人ではないものが効果的なのかもしれません。

長くなってきました。
グリーフケアに関しては、佐久間さんの本を読んでから、また少し書いてみたいと思います。

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2008/05/05

■節子への挽歌246:若草の節子

節子
小学校の同級生の升田淑子さんが献花に来てくれました。

節子は升田さんには湯島のオープンサロンで会っていますね。
その時は、たしか3人ずれでした。
有機農業の金子友子さんと写真にのめっていた芳賀庸子さん、そして升田さんでした。
みんな個性的で、節子はそれぞれに感心していました。
私たちの小学校のクラスメイトは「ぽんゆう」というグループ活動をしていたので、今でもつながりは続いているのです。

真紅のバラを持ってきてくれました。
節子にとっては3回目の真紅のバラです。
一昨日、中村さんからもらった菖蒲も満開です。

升田さんは昭和女子大学の上代文学の先生です。
「若草の」という枕詞が話題になりました。
「若草の」は一般に妻の枕詞ですが、実際には自分の妻、とくに生活をともにしている妻には使われず、友人の妻や遠く離れたところにいる妻には使われるそうです。
「若草の」が妻の枕詞になったのは、「若草の柔らかく新鮮で、愛すべきものであることから」という説明もありますが(三省堂「大辞林」)、升田さんは「若」という文字がもつ動きのエネルギーや時間的感覚ではないかと説明してくれました。
私の知識不足であまり理解できなかったのですが、「若草の」にはどうも物語が随伴しているようです。
言葉に物語が随伴している。
それこそが「言霊の国」の言葉ですが、最近の日本語は退屈になってしまいました。

「若草の」が気になって、岩波の古語辞典で調べてみました。
初生の葉が多くは二葉であることが配偶の意味の「つま」にかかると書いてありました。
わかりやすいですが、退屈な説明です。

いまは彼岸にいる節子は、なぜか私には「若草の」というイメージがぴったりなのです。
節子が自分で選んだ遺影の写真は、若草色のセーターを着ています。
毎日それを見ているせいか、なぜか若草色のイメージを強く抱いていました。
みんなは「白い花に囲まれている」と言うのですが、私のイメージの彼岸は萌えるような若草色の草原です。

話がいささか支離滅裂ですが、升田さんから聞いた「若草の」の話が、この3週間、私が気になっていたことに決着をつけてくれたのです。
節子は、私にとってはずっと若草の節子だったのかもしれません。
共に暮らしながら、いつも萌えるような存在でした。
それに気づいたのは、節子を送ってからです。

若草の節子。
この言葉がとても気に入りました。
この枕詞の後ろにある物語を、もう少し知りたいと思っています。
いつかまた報告します。

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■死刑について1「一人で撃て。一人で撃たれよ。」

今日はちょっと重い話です。
いつか書きたいと思っていましたが、死刑制度の話です。
今日、辺見庸さんの「記憶と沈黙」を読み出しました。
冒頭は「垂線」というエッセイですが、こういう書き出しです。

だれにでもなく、自身にくりかえしいいきかせなければならない。(中略)みなともっと別れよ。みなからもっと離れよ。人をみなといっしょになって嘲ってはならない。(中略)みなといっしょの認識には、かならずといってよいほど錯視がふくまれているから。

いっそ一人で撃て。一人で撃たれよ。あの垂線を想いつづけよ。

そして、自分の未発表の小説を引用しながら、「垂線」が語られます。
その小説の書き出しは、こうです。
「昨日、あの男が吊るされた」

私が衝撃を受けたのは、垂線の話ではなく、その前文です。
「みなと別れよ」
辺見さんはこう続けています。

まったくの単独者として、孤絶のなかで、私だけの理由と責任で、自問し、嘲り、叫び、祈り、泣き、狂い、殺意を向けるのでなければならない。あるいは、むしろまったくの単独者として、孤絶のなかで、嘲られ誹られ殺意を向けられるのでなければならない。おそらく、そこからしか血や肉や、まして神性をおびた言葉など立ち上がらない。
辺見さんは私より3歳若く、いま63歳です。
驚きます。
この若さはどこからでてくるのでしょうか。
たぶん辺見さんは、たくさんの現場を生きてきたのでしょう。
たくさんの現場を見てしまうと、人は平安には生きられません。
現場で実感したことなど、誰にも伝えられませんし、事態を正すことなどできようはずがないのです。
それを知ってしまうとふつうは生き方が変ります。
私の場合は、誠実に生きていくことが難しくなりました。

上記の小論に続いて、辺見さんは永山則夫と大徳寺政司のことを書いています。
いずれも死刑囚です。

私は学生の頃は死刑制度反対でした。
いまは賛成です。
これに関しては以前書きましたが、最近、自信がなくなってきました。
明らかに私の論理には矛盾があるからです。
現在のようなあり方の国家を批判しながら、その存立の拠り所である死刑制度を受け入れることは全くの論理矛盾です。
その帳尻を合わせられずにいます。

ここまで書いてきて、疲れてしまいました。
何回かに分けて書くことにして、今回はその序にとどめることにします。

やはり私はまだ「死」を語るほどに正常化していないのかもしれません。
昨日、友人がブログを書いたと言ってきたので読みました。
「自死」についての記事でした。
自死と死刑と誠実な生き方。
その三大話に触発されて、書き出しましたが、まだ私自身のエネルギーが不足しているようです。

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2008/05/04

■庶民物価発想

先週金曜日の報道ステーションは、相次ぐ生活必需品の値上げを取り上げていましたが、そのなかで山田昌弘さんが「庶民物価」と言う表現を使っていたような気がします。
ネットで調べたのですが、確認できないので間違っているかもしれませんが、たしか山田さんの発言だったと思います。

物価に関しては一般には消費者物価指数が基準になりますが、これが曲者です。
さまざまな商品価格の統合指数ですから、その設計の仕方でかなり変ってきます。
最近の指数は、時代に合わせるために、平成17年度に商品構成などの見直しがされていますが、すべての統計がそうであるように、指数には必ず設計者の意図が入り込んでいます。
私の感じでは生活起点というよりも、生産起点、金融起点で設計されているように思います。

平成5年以来、安定していた消費者物価指数は、それでも最近は上昇基調になっています。
今年の3月の速報値でも前年比1.2%の上昇です。
庶民感覚とはちょっと違った水準です。

生活という視点で考えると、世の中には2種類の商品があります。
すべての人にとっての生活必需品とそうでないものです。
山田さんは、庶民物価という捉えかたを主張されていました。
私も全く同感です。

生活者にとって大切なのは、パソコンの価格ではなく、毎日の生活に欠かせない食材や電気代、水道代です。
地方の人にとっては、ガソリン代も入るかもしれません。
消費者物価に大きな関心を持つ人は、それがなければ生活が成り立たないものの価格が問題です。
パソコンや大型テレビが値下がりしても、ほとんど関係はありません。
しかし、いまの消費者物価指数は生活必需品とそうでないものが混じっています。
ですから生活者の値上がり感覚といつもずれが出てきます。
そして経済政策は、そうしたいろんなものが総合された消費者物価指数の上につくられるわけです。

企業価格指数というものがありますが、なぜか生活必需品価格指数はありません。
定義が難しいからかもしれませんが、庶民の生活感覚を前提にした庶民物価指数を考えるのはそう難しい話ではありません。
2~3日もあれば、私でもつくれるでしょう。
だれかが試算しているかもしれませんが、ネットで見た限りでは見つかりませんでした。

生活優先を標榜するのであれば、先ずはそうしたところから出発すべきです。
この区分は消費税の設計にもつながっています。
日本ではすべての商品やサービスに一律の消費税がかかりますが、国によっては生活必需品には消費税がかからなかったり低率になったりしています。
日本の消費税議論は常に一律ですが、それを改める必要があると思います。
すべての人が生活に必要な商品に関しては、消費税をかけるべきではなく、そうでないものにはむしろ20~30%の高率の消費税をかけるべきです。
生活起点で考えるということは、そういうことではないかと思います。
道路建設も生産起点で議論している限り、何も変らないでしょう。

最近の日本は累進課税社会ではなく、逆累進課税社会になってきています。
長い歴史のなかで培ってきた「支え合い」の文化が、いつの間にか壊されてきてしまっています。
その結果が、後期高齢者医療かもしれません。

生活の視点から、改めて制度や政策を考え直すべき時期に来ているように思います。

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■節子への挽歌245:喜怒哀楽を共有できることの幸せ

時々、あることが気になってしまうことがあります。
たとえば、今日気になったのは、節子は十分に笑いきっただろうか、ということです。

手をつないで歩いてくる若い夫婦に出会いました。
とても気持ちがほのぼのしてきます。
節子と手をつないで歩いた頃を思い出しました。
手をつないで歩ける時に、みんなもっともっと手をつないで歩いてほしいです。
言葉は聞き取れませんでしたが、2人が笑い出しました。
とても楽しそうでした。
それを見て、突然に「節子は十分に笑った人生だったのだろうか」と思いました。

私たち夫婦は、感情をお互いに出しあう夫婦でした。
できるだけ喜怒哀楽を共有したかったのです。
夫婦喧嘩もよくしましたが、私にはそれもまた「怒りの共有」の一時でした。

節子と喜びを共有したのは、医師から見放された娘が奇跡的に回復した時でした。
医師の誤診で急性肺炎への対処が遅れたのです。
私たちが、死に直面した最初の経験でした。
何日か病院に寝泊りしましたが、その時にもしかしたら節子は自らの生命を天に預けたのかもしれません。

節子と怒りを共有したのは何だったでしょうか。
あまり思い出せませんが、小さな怒りの共有はいろいろありました。
正義感の強い節子は、テレビを観ていても時々怒りを口にしました。
私よりも、ある意味でははげしかったです。

節子との哀しみの共有は、やはり節子の病気のことでした。
手術して3か月くらいは本当に哀しさを共有していました。
毎朝、2人で手をつないで散歩に行きました。
私たちの合言葉は、「感謝、勇気、大きな声」でした。

節子と共有した楽しさは、もちろん40年の人生でした。
2人でいることそのことだけで、私たちは楽しかったのです。
そう考えると、人生とはまさに喜怒哀楽の集積であり、喜怒哀楽の4つは結局は同じものであることがよくわかります。

ところで、節子は十分に笑うことが出来ただろうかという最初の話ですが、
残念ながら答はノーでしょう。
笑い残した人生だったかもしれません。
節子はもっともっと笑いたかったはずです。
私ももっともっと笑いたかった。
節子と笑いを共有したかったです。

みなさんも悔いのないように、伴侶と思い切り喜怒哀楽を分かち合ってください。
とりわけ笑いを。
笑うことにはコストもかからないし、エネルギーも不要です。
ただ笑えばいいのです。
笑えば楽しくなってきます。
しかし、笑いを分かち合う伴侶がいなければ、笑いも哀しくなります。
伴侶のいる方は、ぜひ一緒に笑ってください。
それがどんなに幸せなことなのか、気づいた時には遅いのですから。

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2008/05/03

■節子への挽歌244:ろうそくの炎に人間の魂が宿るのは本当ですよ

篠栗の記事(挽歌236)を読んで、冠婚葬祭関係の会社社長でもある佐久間さんからメールが来ました。

ロウソクの炎に人間の魂が宿るのは本当ですよ。
日々の葬儀の中で、何度も経験しております。
炎は微妙なエネルギーに見事に反応することは、私も幾度か経験しています。
節子が逝った朝、すぐに駆けつけてくれた市川覚峯師の護摩炊きに2回、参加させてもらいました。
目の前で動く炎の中に、不動明や菩薩を認めることは出来ませんでしたが、生命力を持ったように躍動する炎にはメッセージを感じました。
高野山で断食行をしていた覚峯師の満行の日に、節子と一緒に宿坊を訪ねたことがあります。
翌朝、まだ真っ暗な早朝に、覚峯師は護摩を焚いてくれました。
その頃は、私自身まだ不動明王のパワーを受容するだけの備えがありませんでしたが、燃え上がる炎には感動したことを覚えています。
節子はその時、どう感じていたのでしょうか。

ろうそくの炎は、もっと純粋に揺らぐように思います。
私は日に3回は、節子の位牌の前で灯明を点けます。
もっとも5分間ろうそくや1分間ろうそくですので、わずかな炎しか上がりません。
いつか金居さんが和ろうそくを持ってきてくれましたが、和ろうそくの炎には観ずるものがあります。
今回、このメールをもらって久しぶりに和ろうそくをあげさせてもらいました。
今日は大きな変化はありませんでしたが、ろうそくの火を見ているととても不思議な感覚になります。
10年ほど前にイランで節子と一緒にゾロアスター教の遺跡に行ったことを思い出しました。
火は宗教の起源に大きく関係しているように思います。

わが家は小さな仏壇なので、和ろうそくはなかなか使えませんが、これからは月命日には大きなろうそくで灯明をあげることにします。
いつかきっと節子は反応してくれるでしょう。

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■「きちんと生活しているとみんないい人になる」

女房がいなくなってから、買物やら郵便局やら銀行やら、いろいろのところに行くようになりました。
私の生活を支えてくれていた女房のありがたさを痛感しますが、同時に「生活」とはこういうことなのかという気づきがいろいろとあります。
昨日も郵便局に行きましたが、そこでの人のふれあいはとてもほのぼのするものがあります。
順番を待っている間にも声を掛け合ったりします。
私は機械での振り込みに行ったのですが、終わって機械を離れたら、機械が「取り忘れがある」というのです。
そのメッセージは機械のミスだったのですが、次の人が周りを探してくれて、大丈夫ですよ、と笑顔で伝えてくれたのです。
そして、通帳を取り出すのが遅かったのですよ、私も時々機械から怒られますと笑いながら話してくれました。
まあ、それだけの話なのですが、心があったかくなります。

今は思い出せないのですが、ともかく地元の我孫子で「生活」的行動をしていて出会う人は、本当にみんな「いい人」、「あったかい人」「平安な人」ばかりです。
人を裏切ったり、謀略を考えたりするような人には出会ったことがありません。
先週は、福岡に行きましたが、そこで会った人、街中で道を訊いた人やホテルのレストランの人など、みんないい人ばかりでした。
ともかく「生活」している人には悪い人はいないようです。
そこで気づいたのですが、
「生活」が「いい人」にしてくれているのかもしれません。
「きちんと生活しているとみんないい人になる」
これを佐藤修の法則と呼ぶことにしました。
世紀の大発見とはいえませんが、大発見です。
そう思いませんか。思わないでしょうね。

でもたぶんこれは真理です。
「いい人」でないと自分自身が「気持ちよい生活」ができなくなるからです。
しかも、この法則からさまざまなことが引き出せそうです。

ミートホープの元社長も比内地鶏偽装事件の元社長も、きっと最初はみんな「いい人」だったのでしょうね。
でも「生活の人」から「企業の人」になっていくにつれて、どこかで人が変っていったのではないかと思います。
政治家や財界の人、大企業の経営者や経営幹部の人たちにも、ぜひ「生活」をしてほしいものです。
せめて「現場を支えているいい人」と話してみてほしいです。

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2008/05/02

■節子への挽歌243:毎朝、なぜか明け方に目が覚めます

節子
あなたがいなくなってから変ったことがあります。
毎晩、明け方の5時頃に目が覚めるのです。
それからしばらく眠れないのです。
いつも1時間くらい、いろいろと考え事です。
6時頃にはまた眠ってしまい起きるのは7時過ぎです。

どうして明け方に1時間、目が覚めるようになったのでしょうか。
目が覚めると、隣に節子がいるような錯覚を感ずることがあります。
そして、なぜ節子はいないのだろうかと考えてします。
枕元にある写真をみると、今でも節子がどこかにいるように感じてしまいます。
節子にまた会えるという確信のようなものが、今でも私の心身のどこかにあるのです。
節子の写真を見ていると、生身の節子が私を取り囲むような気もします。
これはきっと体験した人でないと理解できないことでしょう。
愛する人とは決して別れることはないのです。

明け方の目覚めは、節子が呼んでいるのでしょうか。
節子が私にいろいろなことを思わせているのでしょうか。

眠りへのつき方も変りました。
私たちは寝る前にベッドの中でいつも話をしていました。
寝る前の節子との話は、どんないやなことがあっても、すべてを忘れさせてくれる不思議な効果がありました。
時々は、喧嘩をして、無口のまま、お互いに寝ることはありましたが、その時でも隣に節子がいることは私の幸せでした。
話した後、私は本を読む習慣がありました。
まあせいぜい10分ほどなのですが、その明かりの中で節子は眠るのが好きでした。
明るくてごめんね、というと、節子は隣の修が見えるので安心して眠れると言いました。
時に節子が私よりも遅くまで起きていることがありましたが、私はそれが嫌いでした。
節子が起きていると眠れないのが、私でした。
それで喧嘩になったこともありました。
私たちはよく喧嘩もしました。
なぜか謝るのはいつも私でした。

最近は話す相手もなく、寝るのが寂しいです。
前と同じように、10分ほど本を読みます。
それから部屋のテレビを30分のタイマーをセットして消灯です。
テレビの音声を聞きながら、いつも30分以内に眠っています。
節子は、テレビよりもラジオが好きでした。
私もラジオにしようかと思いますが、まだ節子のラジオを使う気になれずにいます。
たくさんの思い出がありすぎて、スイッチをいれられません。

節子
また一緒に眠り、一緒に目を覚ませる日が来ることを信じています。

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■世界中みんなが不幸せになれば、みんな幸せになれる

昨夜の報道ステーションに与謝野馨さんが出演し、古館さんと対話しました。
呆れたというか、情けないというか、政治家というものの実態を改めて思い知らされました。

与謝野さんは「福田さんは善意の人だから」といいましたが、与謝野さんも「善意」の人です。
つまり実態を何も知らずに、現実を他人事として存在している人です。
リスクはとらず、実態にはコミットしないのが、こうした善意の人の特徴です。
無知の上に成り立つ「善意」は、意識的な悪意以上に、悪質な「悪意」と同質です。
不作為の罪があるとすれば、彼らは重大な罪を犯している人になりかねません。
「善意」の人が権力を握るとどれほどのことが起るかは、歴史が示しています。

画面から古館さんや加藤さんの怒りや失望が伝わってきました。
私には侮蔑や憐憫すら伝わってきましたが、「善意」の人は何も感じていないように見えました。
ここまで愚鈍だと幸せなのかもしれません。
「世界中みんなが不幸せになれば、みんな幸せになれる」と宮沢賢治のパロディが頭に浮かびました。

いささか品のない文章を書いてしまいましたが、なぜそう感じたかです。
与謝野さんの議論は現実不在の上に立論されているだけでなく、現実に向けても展開されていません。
そして異論に対しては、具体的に指摘してほしいといいますが、現実に立脚していないが故に、いくら具体的な指摘をしても、彼には理解できません。
つまり与謝野さんの世界は閉じられています。
これは、小泉首相以来、特に強まった政府の特徴です。
現実など全く気にせずに制度を作りますし、その制度の展開もまた現実とは無縁です。
その典型が後期高齢者医療であり、道路建設計画だろうと思います。
今日のテレビで話題になっている徳山ダムもその典型例です。

しかし、どうして現実を踏まえた立論をしないのでしょうか。
制度を実施して問題が起ってから実態調査をするというのが政府のやりかたですが、実態を把握してから制度はつくるべきです。
日本の政府はいまだ「お上」であって、国民の代表などでは全くないのです。
そして「お上」に寄生している官僚たちに、いいように利用されているのが、「善意」の政治家たちです。
つまり「お上」に寄生している官僚たちに寄生しているわけです。

昨夜、テレビをみている時にはもっと具体的に書こうと思っていたのですが、一夜たったら怒りと失望だけが残って、具体的なことが思い出せません。
困ったものです。
この怒りと失望はどこにもっていったらいいのでしょうか。
それにしても、古館さんは私以上に怒りと失望を感じているはずですが、それを抑えて、自らのミッションとして仕事を続けていることに心から敬意を表します。

昨夜の古館さんの発言は感動的でした。
日本にもようやく心を持ったキャスターが生まれてきたと私には思えます。
それがせめてもの救いです。
古館さんに感謝しています。

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2008/05/01

■権力を持てばなんでもできる世の中

暫定税率の復活で道路はまたつくり続けられることになりました。
世の中に「必要」でない道路などありませんから(道路はそれぞれの地域にあって、客観的な相対評価はできませんし、誰も通らなくても必要である理由付けをすることは簡単です)、どんどんできていくでしょう。
第一、道路が必要かどうかよりも、道路を建設することが必要だというのが、宮崎県知事をはじめとした人たちの考えの根底にありますから、誰も通らない道路を長い時間をかけてつくるのが政治家の手腕です。
宮崎県や和歌山県の政治家は見事に成功したわけです。
まあ、それはまた別の話ですが、視点を変えれば、道路族の本質が見えてきます。

道路が出来た頃には、私たち運送業者は倒産しているかもしれないと、ある人がテレビでコメントしていましたが、私の近くのガソリンスタンドも倒産しましたし(理由は違うかもしれませんが)、現実味のあるコメントです。
スタグフレーションの到来を危惧しますが、国民とは袂を分かった政治家たちには無縁な話なのかもしれません。

ガソリン税が上がるとどうなるでしょうか。
目先の歳入は増加し、行政や政治の無駄は継続できる条件が整いますから、行政改革はまた形だけのものになるでしょう。
ガソリンの上に成り立っている物価体系は上昇しますが、それにリンクしている消費税収入は上昇します。
この雰囲気の中でさまざまな商品の値上げが続くでしょう。
これまでがんばってきた生産者や販売者は、がんばるのが馬鹿らしくなってきているはずです。がんばっても報われないという現実が多すぎます。
今ならお客様は仕方がないと値上げを受け入れるでしょうから、いろいろな形で値上げが進みます。
スーパーなどに買物に行くと実感できますが、すさまじいほどの値上げが行われています。
にもかかわらず感覚的にはみんな麻痺してきているように思います。
かりに商品が10%値上がりすれば、消費税率1%上昇に相当します。
その増収分はまた政治家と行政の無駄に繋がっていくのかと思うと、彼らのしたたかさに感心してしまいます。

こうしたことの結果、社会は壊れていき、どこかでツケを払うことになるでしょう。
そのツケの払い方も、彼らは良く知っています。
20年前のバブル崩壊で見事にそれを逆手にとって、不良債権処理や産業再生でツケを払わせる仕組みをつくり、そのツケの中からピンはねすることに成功しました。
その結果が格差社会の顕在化です。
とまあ、こうやって議論を広げていくと際限がありません。

今回の暫定税率再可決は、政治の死、良識の死のように感じます。
権力を持てばなんでもできる世の中に戻ってしまったような気がしますが、それを支える構造ができてしまっているようです。

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■節子への挽歌242:閑話休題

重い話が続きました。
節子が怒っているかもしれません。
節子は、私の理屈っぽい話が好きではなく、私が好きなのは体育会系のさっぱりした人なの、理屈をいう前に少し運動でもしたら、とよく言っていました。
それに対して、運動はいろいろとしているよ、というと、修のはどうせ社会運動でしょ、と笑われていました。
結婚したての頃は、私のいうことにいつも感心していたのに、40年もたつと、私のことはたいてい見透かしていて、ていよくあしらわれていたのです。
まさに綾小路きみまろの「あれから40年」です。

しかし負け惜しみではありませんが、節子の私への信頼感と愛情は深まりこそすれ、薄れはしていませんでした。決してこれは誤解ではありません。
相手の弱みや駄目さ加減がわかれば、相手を信頼することはできますし、嫌なことが明らかになれば愛情は積み重ねることが可能になります。
私たちの関係がそうでした。
あんなに頼りにならない女性はいませんでしたし、あんなに性格の悪い女性はいませんでしたが、だからこそ信頼でき、愛することができたのです。
節子もそうでした。
修を信頼していたのに、修は本当に頼りない、と何回いわれたでしょうか。
修の性格はどうも好きになれない、ともよく言われました。
でも節子は私を全面的に信頼し、すべてを愛してくれたのです。
離婚と絆の深化は、紙一重の差で分かれるのかもしれません。

今年のゴールデンウィークは、昨年に続き自宅で過ごすことになりそうです。
節子の好きだった湯河原に、明日から行こうと思っていたのですが、直前になっても心身が動き出しません。
きっと節子が止めているのでしょう。
自宅でゆっくりと、節子との毎日を思い出しながら、無為に過ごすことになってしまいそうです。
節子が与えてくれている無為の毎日には、大きな意味があると思っています。

節子
ありがとう。
あなたはいつも私のことを心配してくれていました。
それを思うと、まぶたがいつも重くなります。

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