■節子への挽歌260:さとうファームのさやえんどう
節子
わが家の家庭農園のさやえんどうがたくさん取れました。
それで娘のジュンが、「さとうファームからのお届けです」とお隣さんたちに少々のお裾分けをしてきてくれました。
節子の文化はここにも残っています。
ひとつかみのさやえんどうなのですが、みんなとても喜んでくれます。
私は、お金を経由しない「物々交換」や「事々交換」の世界の中で生活したいとずっと思っていますが、その楽しさを教えてくれたのは節子でした。
節子には「百姓の精神」がありました。
自分たちの生活のことは自分たちでできるだけやろうという生き方でした。
子どもたちが小さいときには、「佐藤工務店」と言いたくなるくらい、家族みんなでインテリアやエクステリア工事に取り組みました。
壁紙張りやベランダのペンキ塗り、いろいろやりました。
私も不器用ながら、そうしたことが大好きでした。
私の製作した棚や椅子はすぐ壊れましたし、家電製品は直るものまでむしろ壊すことが多かったです。
その分、節子ががんばってくれました。
廃物活用は節子の大好きなことでした。
ところで、お金を使った交換はそこで終わりますが、お金を使わない交換はそこから始まります。
そこにこそ生活の面白さがあります。
経済の交換行為と生活の交換行為とは全く違うのです。
このことは、むしろ経済時評で項を改めて書こうと思いますが、
今日、節子に報告したかったのは、節子の好きな「お裾分け文化」が続いているということです。
ひとつかみのさやえんどうは、Mさんからすぐにとても美味しい和菓子になって戻ってきました。
節子にお供えしたお菓子は節子が残したお裾分け文化の現われです。
美味しかったですか。
ただMさんはお返しが好きな人なので、
中途半端なお裾分けはしないようにという節子のお達しがあったようですが、
今回は思い切り中途半端なお裾分けでした。
なにしろ本当にひとつかみのさやえんどうでしたから。
ちなみに、さやえんどうは娘と一緒に私も収穫してきました。
さとうファームは私たち百姓の弟子たちが何とか守っていますから、ご安心ください。
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