■節子への挽歌261:笑みと涙がでてしまうお弁当
節子
最近、娘のジュンがお弁当を作ってくれます。
そのお弁当を開くと節子の笑顔がどうしても頭に浮かびます。
実に「質素ながら心のこもったお弁当」なのです。
私は、昼食はあまり食べませんので、いつも小さなおにぎりが2つです。
それに小さなタッパーにおかずが加わるだけのお弁当です。
タッパーはとても小さいのですが、品数は多いのです。
しかもカラフルでなければいけません。
小さなタッパーなのですが、そこに節子は実にたくさんの料理を入れてくれました。
いずれも一口、いや一口以下のサイズです。
それがみごとに詰まっているのです。
果物やデザートまで入っていました。
それを見ると、まるでおもちゃの世界のようで、自然に笑みが浮かんでくる楽しさがありました。
いつかあまりのおかしさについつい電話までしてしまったことがありましたね。
そのお弁当に、私はいつも節子の優しさと遊び心を感じていました。
このお弁当は、しかしコスト的にはほとんど無料に近かったと思います。
食べ残したほんのわずかな食材が効果的に豊かな雰囲気を作っていただけです。
船場吉兆の女将よりも、節子は食材を無駄にしない人でした。
食べられない草花がはいっていることもありました。
節子は、そうしたちょっとした「遊び心」が好きでした。
最近、娘がお弁当を作り出してくれましたが、全く節子の作り方と同じなのです。
いや、「遊び心」という点をのぞけば、節子を上回るかもしれません。
わが家の食費はますます節約できそうです。
節約家の節子の伝統はしっかりと継承されています。
収入がなくなっても、我が家は大丈夫そうです。
安心してください。
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