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2008/05/26

■節子への挽歌267:安達太良山

節子
今日は福島に講演に行ってきました。
少しずつですが、仕事も再開できています。

講演会場まで行く途中、前方に安達太良山がみえます。
それを見ながらいつも思い出すのが智恵子にとっての「ほんとの空」です。
今日は天気がよく、安達太良山がよく見えました。

高村光太郎の「智恵子抄」は、純愛の作品として有名ですが、実際はそれ以上のものだったようです。
「光太郎の千恵子に対する愛は智恵子抄に表れた領域をはるかに越えて純化していった」とあるところに書かれていましたが、私がそのことに納得できるのは、光太郎の次の言葉です。
「阿多多羅山の山の上に毎日出ている青い空が、智恵子のほんとの空だといふ」
残念ながら、今日の空はあまりきれいではありませんでしたが。

「智恵子抄」から私の好きなものを一部、引用します。

 あれが阿多多羅山、
 あの光るのが阿武隈川。

 かうやつて言葉すくなに坐つてゐると、
 うつとりねむるやうな頭の中に、
 ただ遠い世の松風ばかりが薄みどりに吹き渡ります。
 この大きな冬のはじめの野山の中に、
 あなたと二人静かに燃えて手を組んでゐるよろこびを、
 下を見てゐるあの白い雲にかくすのは止しませう。

 あなたは不思議な仙丹を魂の壺にくゆらせて、
 ああ、何といふ幽妙な愛の海ぞこに人を誘ふことか、
 ふたり一緒に歩いた十年の季節の展望は、
 ただあなたの中に女人の無限を見せるばかり。

光太郎の気持ちがとてもよくわかるような気がします。

安達太良山から節子と一緒に、阿武隈川を見下ろしかったです。
節子の喜ぶ顔が目に浮かびます。
福島に通いだしてから、いつか節子と安達太良山に登ろうと思っていました。
もう安達太良山に登ることがないと思うと、哀しさが募ります。

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